ゴミ箱(もえない)

ごくまれに何か書いたり書かなかったりするかもしれたりしれなかったりする

日本縦断をしました - その4(静岡→大曲)

惰性と本能の日本縦断、つづいてました

前のはこれ↓

 

またちょっと間隔が空いてしまった…。これは決してサボっていたわけではなく、PCでチマチマと書き溜めていたぶんの更新ボタンを押し忘れて全削除の憂き目に遭っていたりしたため。1万字くらいゴソっと消えたので流石にちょっと萎えた。普段GoogleドキュメントとかOneDrive保存のWordとかでしか文章を生産しようとしないせいで、手動保存の所作に一向に慣れない。はてなブログリアルタイム保存機能はよ

 

愚痴はこの程度にして、日本縦断3日目、進めていこうと思います_____

 

 

12/24 日本縦断3日目

静岡→大曲

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おはよう、朝5時、静岡駅です。

 

いやはや短い睡眠時間からの始発を連日でこなすのは堪えますね。静岡に辿り着いた先でまさかの条例敗北を喫し、半ばヤケのジャンクフード天皇誕生会(?)を終えてようやく床に就いたのがだいたい午前1時半。そこから始発に乗るために起床したのが午前4時を回ったあたりだから、まともに3時間も寝ていない。おまけに下関でも西大山でもこんな真似を繰り返していたせいで、そろそろ起床がつらい。電車内である程度睡眠を摂れるとはいえ、これではあまりにも不規則。肉体的な疲労の蓄積に乗じて、精神の安定度がゴリゴリ失われる音がする。

更に言えばこれは12月、太平洋岸と言えども朝方の冷え込みがかなり本格化する時期。旅する僕らのお布団への恋心について、もうとやかく言う必要はないでしょう。寝過ごしだけはしまいと何重にもセットされた3人の目覚ましが鳴り響く宿の部屋で、僕らの活動開始に要する起動時間は、この辺りで既にかなり長くなっていた。

 

しかし我々には崇高な目的がある。稚内に向かうのだ。こんなところでおふとんに負けているようでは日本を鈍行で駆け抜けんとする18きっぱーの名が廃る…!蓄積する疲労につい心折れやさしく暖かい羽毛布団に潜り込もうとする自らの体に鞭打ち、重いカバンに今日もぶっきーを乗せて、東京方面への始発へと乗り込む。3日目、開幕_______。

 

 

5時2分静岡発、沼津行きの東海道線へと乗車。

さすが東海道線、しかも首都圏のかなり近くだ。始発が早い。まだ真っ暗な静岡を走り抜けるロングシートの車両は既にバラバラと人が居て、つくづく日本の朝の早さを思う。そして早朝の通勤通学路線の乗客のほとんどがそうであるように、僕らも大きなカバンを股に挟んで爆睡をかましていた。睡眠、ほんと大事。

 

そんな感じで特に言及することもないので、ここで3日目の行程について軽く触れようと思います。

12月24日、世間はクリスマスイヴの雰囲気に浮ついているけれど、僕らにとっては修羅のような日本縦断のうちの1日に過ぎない。九州から西日本と東海を抜け一気に首都圏近郊まで来た僕らは、この日からいよいよ本格的な北上を開始する。まずは東海道本線から東北本線に至り、東日本を定石通り着実に上っていくことになる。

じゃあ山陽本線東海道本線のように東北本線脳死で乗り続ければいいのかと言えば、そんなことはない。陸中陸奥まで来ると、かつて鹿児島本線で出会ったトラップに再来することになる。第三セクターIGRいわて銀河鉄道青い森鉄道だ。東北本線のうち盛岡から八戸までを制圧するこの2つにより、肥薩線のごとく「裏ルート」での迂回をまたも強いられることになる。

そしてここでの裏ルートがJR奥羽本線東北本線奥羽山脈を挟んで太平洋側(三陸側)の諸都市を結ぶ路線であれば、奥羽本線日本海側の路線となる。そしてこの路線の途中に位置するのが秋田県大曲駅、3日目のゴールである。つまり東京から東北本線を乗り継ぎ、東北の背骨を越えて奥羽本線で北上するのがこの日の行程、ということである。

 

 

5:56、沼津到着。辺りはまだ暗い中、本日最初の乗換えである。

 

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駅名標の下に写る電車の、行先表示がお分かりだろうか。「東京経由 宇都宮」確かにコイツはそう示している。宇都宮…!上野東京ラインという東洋のとある文明の革命的産物は、どうやら我々をこの東海の端っこから東北の入り口たる北関東の中心都市まで一本で運搬するつもりらしい。まさしく感動的である。関東の新快速って呼んでいいんじゃないのコイツ。阪神という同じ国ではありつつも馴染みのない土地でのワープも確かに一定の感慨のあるものだったけれど、自分のよく見知った土地でこういうダイナミックな移動が起ころうとしているとそのスケールに圧倒されざるを得ない。

でもやはり最も心に来たのは、この車両のフォルムだろう。二階建てグリーン車付きの緑とオレンジのデザイン、JR東日本の15両編成の電車は、東京近郊で暮らす僕らが日常的によく目にする東海道線のそれと同一の姿だ。

九州からひたすら鈍行に乗り、そこに住む人々にとってそれが恐らく日常であろう風景を(ほんの一部に過ぎないとはいえ)多少なりとも垣間見るような形でここまで来ていた僕らであったが、ここへ来て突然に「自分の日常」そのものを強烈に意識させるものが現れたことは、強い安心感であると同時に眩暈のような感覚をももたらした。ターミナル駅を山手線や京浜東北線と並走するその格好のまま、「東京」の文字を引っ提げてここ沼津まで来ているその様子は、さながら僕らを迎えに来たかのような錯覚すら覚える。これに乗ればそのまま家まで帰れてしまうんじゃないか、そんな気すらする。まあ宇都宮まで行くんですけど。あとついでに稚内まで行くんですけど。

 

 

そんな訳で6:05、上野東京ライン宇都宮行きに乗車。

熱海から神奈川は根府川に至るトンネルとオーシャンビューの移り変わりが、次第に昇りゆく太陽のあたたかな光に徐々にその色彩感を強めていく、その朝の官能的なまでの美の世界が近代的なフォルムの車内のセミクロスシートの1つにも彩りを運んでくる中で、僕らはやっぱり爆睡していた。

列車は小田原を過ぎ、平塚に藤沢、大船と聞き馴染みのある駅名をどんどん通過していく。帰って来たのだなという実感と共に、東京に向けて一気に混雑を増す車内から駅メモも忘れて眺める。

 

僕のホームタウンもあっさりと通過する。

 この時ほどマジで「なんで稚内に行くのか」を考えたタイミングはなかった。帰りたい。いやね、めっちゃ簡単なんですよ。ここで降りて、在来線を乗り継ぐだけ。首から大事に提げた18きっぷを今ここで破り捨て改札の外に出てしまえば、もうそこは普段の日常である。

車内は通勤通学客でかなり混み合う。皆一様に仏頂面をし目を合わせんとするその「都会人」としての見慣れた表象が、もはや羨望の対象にすらなる。ここまで自身の日常に接近しておいて、またとんでもない非日常に突入していくんだから愉快なものだ。アウェーから完全ホームへの入り口がすぐそこにあるのに、どうしてまた稚内とかいう完全アウェーへと放り出されに行くのか。しかも手段は18きっぷである。何がしたくてこんな修羅みたいな旅程をぶっ立てたのかいよいよもって理解できなくなってきた。稚内、どこ………????

 

列車は都内に至る。さすがの大都会だ。ここまでいくつもの都市を通過しその基幹駅を越えてきたわけだけど、首都圏の中心はやはり街の規模が違う。ビルが途切れない。一つ一つが大きめの都市のターミナルになるような巨大駅をいくつも縫うように通過していく。東アジア随一の人口密集地は伊達ではない。

途中で知り合いが乗り合わせてきて差し入れを頂いたり労いの言葉を頂戴したりしつつ、列車は上野東京ラインを北上していく。

 

 その時間も束の間、列車はあっという間に埼玉県内に突入する。浦和を越え大宮を越えれば、一気に周辺の建物が低くなっていく。

とうとう本格的な北上の開始である。ここまで太平洋岸の温暖な都市圏を北へ東へと抜けてきたが、ここから先はそうはいかない。とうとう、12月の北日本との戦いが幕を開けるのである。雪どころか氷点下すら聞かなかったこれまでと違い、本日後半から駆け抜けんとするのは真冬の東北地方日本海側だ。気候の厳しさに加えて列車の本数も減り、これまで以上にデッドラインの意識と臨機応変な行程が重要さを増す。そうして本州を抜ければ、いよいよ試される大地、北海道へと至るのである。天運を祈る3人組を乗せ、都会的な15両編成は北関東をひた走る。

 

 

10:22、宇都宮駅に到着。

 

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ちょっと早いがここで昼食を摂る。まあ宇都宮で食べるものったら一つしかないでしょ。

 

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名物宇都宮ギョーザですね。ニンニクの香りに肉々しさが程よくマッチし最高にご飯がすすむ。いいね、うまい。

朝ごはんを食べず前日の夕飯も怪しかったところにこの人権はうれしい。思えばその前の人権はたこ飯、その前はフグである。美味しいものを食べるのはいいのですが、よくよく思い返せばあまりにも不規則。ちなみに載せていない食事については、ほとんど食べていないに等しい。人権と絶食のスパンが乱高下すぎる。いいのかこんなんで…?

 

 

11:18、東北本線黒磯行きに乗車。

首都圏近郊路線はこの宇都宮で終わり、ここからは列車の本数もガクッと減る。

 

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こういう車両がお出迎えする(これ自体は黒磯で撮影)。それっぽくなってきた。黒磯からさらに12時55分発新白河行きに乗り換え、一路北上していく。

宇都宮辺りまでは寒いとは言えどまだ南関東と大差なかったのが、黒磯からはさらにもう一段寒さが加速している感じがあった。空気が明らかに違う。痛い。北海道はこんなもんじゃないぞと自らを奮い立たせ、列車を乗り継いでいく。

 

新白河の一つ手前、白坂駅にて、とうとうこれと出会う。

 

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お判りでしょうか。よくよく見てもらうと画面にちらちら白いものが写っているのが確認できると思う。だ。

特に積もるようなものでもない単なる粉雪だけれど、来るところまで来てしまったという確かな感慨があった。この駅からは福島県、東北地方の入り口である。これから東北を抜けて北海道にかけ三日三晩飽きるほど雪を見ることになる、その最初がここだった。平然と座る地元の皆さんの横で、3人で勝手に興奮していた覚えがある。

 

 

13:19、新白河駅に到着。この辺りは一本当たりの運行距離がやたら短く乗り換えが多いわりに接続があまり良くない。お土産屋などで時間を潰す。

 

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ここ新白河駅ではちょっと面白いものが見られた。

 

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かずきくんの隣に映るこの車止め、実はホームど真ん中の位置に線路を真っ二つに分割するような形で置かれている。こういう配置の理由の詳細は省くとして、このせいでちょっとホーム分割が愉快なことになる。

 

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うーんこの。1つのホームを車止めの存在で強引に分割し、2つの番線がありますよと平然と言い張っている。中々にインパクトがでかい。こういう案内表示をしてでも分断していくスタイル、嫌いじゃない。こんなものを面白がっていたら次の列車が来た。

 

 

13:57、郡山駅行きに乗る。またも距離の短い列車だ。

 車内は意外なほど混雑しており、またも座れなかった。3人で最後尾から車窓を眺めつつ郡山に向かう。

 

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 そのまま寝入るT氏

 

 そして14時37分、郡山に到着。今度はすぐに福島駅行きに乗車。気温が一段と下がってくる。

 

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さて、ちょっと唐突になってしまうが、ここでこの先のルートについての話をしようと思います。

このまま東北本線に乗り続けるわけにはいかず、奥羽本線に向かわなければならないことについては前述したとおり。ここで問題になってくるのが「どこで奥羽山脈を越えるか」である。ルートが、複数あるのだ。

まず最初に、次の福島駅からそのまま奥羽本線へと向かう方法。これは単純に奥羽本線を全線乗りとおすルートとなる。福島から米沢を抜けてそのまま北上していく。最も本数が多く、盤石な行き方ではある。デッドラインの面からも1本分余裕のある行程であり、なるべくなら採用したい。

次に、仙台まで東北本線で北上するルート。この場合は仙台から仙山線で山形へと抜けることになる。そこからは奥羽本線に合流し北上する。

また、さらに北上して岩手県まで向かい、北上から北上線で奥羽越えをすることも可能には可能であった。この場合は秋田県の横手に接続し、そこから大曲までは目と鼻の先である。

このようにいくつかのルートを採ることが可能な中で、最も懸念されるのが雪による運休であった。折しもこのとき東北地方には低気圧が接近しており、日本海側はいつ雪が降ろうともおかしくない状況。奥羽山脈を越えていく路線のどこが運転見合わせを起こしても、何ら不思議ではない。そしてそれがたまたま採ろうとするルートと重なれば、この日のうちに米沢に辿り着く手段を失う可能性もある。どれを選択しても「絶対に大丈夫」という保証はない。気象情報とにらめっこしつつ、盤石な奥羽本線ルートを採るか仙山線北上線ルートを採るか臨機応変に決定する必要があった。

 

 

15時40分、福島駅。

 

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ともかくも運行情報を訊きに行く。出来ればここから奥羽本線に乗って米沢から山形、そして新庄方面へと抜けていきたい。そう伝えると「今のところ運休等の情報は無いが、全く大丈夫とは言えない」というニュアンスの返事が。うーん…行きましょう!奥羽本線で米沢方面へ!

この時の僕らは実際ほとんどクリスマス気分だった。この日は12月24日、世間的にはまさしくクリスマスイヴ。無事にホテルに到着したら盛大にクリスマスパーティーをやろう、そう決めてクラッカーやらを購入する始末。何事もなく大曲に到着できる、全員がさしたる根拠もなくそう信じていた。

 

 

16:04発、福島発米沢行きへと乗車する。ここから全線にわたりお世話になる奥羽本線、その最初の列車だ。そしてこれは、結果的に最悪の選択だった_____。

 

 

 そんなことは知る由もない一行を乗せた列車は、もうそろそろ夕暮れに差し掛かろうかという福島盆地を西へ抜けていく。

 

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いい感じに旅の風情という気分になってくる。宇都宮から福島までは混雑する列車の乗り継ぎの連続で大して寛げもしなかったため、こうして米沢まで豊かな車窓を眺めながらのんびりと感傷に浸れるのは非常にありがたかった。ほどなくして列車は山間部へと至る。いよいよ奥羽越えだ。

 

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ほどなくしてこういう風景が訪れる。雪だ。エモい。段々と薄暗くなる夕暮れの中、遠くの山肌まで枯れ木に白が覆いかぶさるそれは、雪舟水墨画を思わせた。これが新白河だかで粉雪を見てはしゃいでいた僕らを嘲笑うかのように続く。おわかりでしょう、都会人は積雪を見るだけで興奮するのである。そしてこれこそが、稚内に至るまで延々と続く雪との闘い、その第一歩なのであった。

カワイイ

 

途中の峠という駅で銘菓を購入する。峠の力餅だ。

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これがちょっと面白い。峠駅の停車時間はそもそも非常に短く乗客が降りて買いに行くような余裕はないため、駅のホームの売り子さんが窓から直接売ってくれるのである。せっかくなのでまた撮影会が開催される。

 

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kawaii kiwameteru

 

 

いやあ最高ですね。東北奥羽の雪にはけっこう警戒していたのだけど、ここまでエモーショナルだとは思っていなかった。山肌を縫うように走る車両は風情のかたまりであり、そしてぶっきーはかわいい。

ここからはまず米沢で17時29分発山形行きへと乗車し、山形で18時58分新庄行き、新庄で20時14分秋田行きへと乗り継げば勝手に大曲に辿り着けるはずだ。もしそれを逃しても、同様に20時21分山形発、21時37分新庄発と乗り継ぐことができれば最終列車とはなるが大曲に至れる。

心配だった奥羽越えもどうやら無事に済みそうだしこれでひとまず本日は安泰でしょう、大曲に着いたら盛大にクリスマスパーティーでもしましょう、そんな思考でいた。それがフラグであるとは思いもせずに_______。

 

 

 

 

 

山肌が低くなり、平地に近づくのがわかる。車内放送が入る。時刻はだいたい17時前。のんびり降りる用意をガサゴソと始めながら、軽く聞き流す。

「まもなく終点、米沢、米沢です。……なおこの先の奥羽本線ですが、赤湯~中川間で発生した信号機トラブルによりまして、米沢から山形で運転を見合わせ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ha?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はい。

 

頭が真っ白になるとは、まさにこういう状況を言うのだと思う。

米沢から山形までが不通になっている、この状況が指し示す事実は単純明快であるにもかかわらず、それを飲み込むにはなお、列車を降りて騒然とした米沢駅構内を見回す、その時間を必要とした____________大曲に、辿り着けない。

 

 

 なんて、こった。

 

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米沢駅は既に、復旧を待つ人々でごった返していた。

新幹線停車駅に似合わずこじんまりとした構内には慌ただしく行き来する駅員さんに情報を求める人々が群がる。さながら難民キャンプの様相を呈した待合室の騒然とした光景は、もの静かにしんしんと雪の降り積もる駅前ロータリーと妙なコントラストを示していた。難民キャンプの群れに加わる形で、待合室のイスに腰を下ろす。

 

前述の通り、大曲に到着する最終列車は新庄駅を21:37に出発する。これに乗るためには、遅くとも山形駅を20:21に出る列車に乗らなければならない。山形以北は平常運転している状況下、次に米沢を出るはずの列車がこの最終に接続しなければ、行程はいよいよ崩壊する。本来予定していた接続は、もう既にないものと見てよかった。最終接続までに奥羽本線が復活するかどうか、それが全てだ。

そしてこの運転見合わせがいつまで続くのか、それは誰にも分からなかった。

 

 

同じフレーズをどこかで用いた気がする。完全に、油断していた。

確かにとうとう豪雪地帯に突入し運転見合わせのリスクを考えてはいたけれど、そこで目にした雪景色の美しさは僕らの警戒心を解くのには十分だった。幾つかのルートの中で盤石であろう奥羽本線を選択し、事実それはさっきまで何事も無いかのように米沢まで僕らを運んでくれていたはずである。クリスマス気分に浮かれ雪国を満喫する気でいた僕らを地獄に叩き落とすには、あまりに見事でありあまりに急だった。鹿児島といい今回といい、行程崩壊への入り口には何の前兆も存在しないのである。

 

 

これ冗談じゃなく新庄辺りに泊まるしかなくなるやつでは…?とりあえず目下の危機感をそこへつぎ込む努力をする。ここまで順調に来れたお陰もあって行程には多少の余裕が設けられていたため、そうなっても最悪リカバリーは可能だった。ただそうなった場合必然的に今後の行程の限界度が増すため、避けたい事案とは言えた。あと純粋にホテル代がつらい。途中駅に宿を取る準備をしつつも大曲への希望は捨てずに行こう、というのが必然的に基本方針となる。

 

いずれにせよこのタイミングでの最悪のアクシデントを前に正常な判断もへったくれもあったものではなかった。待っていると暇になる。暇になると人間は食えるものを探す。そういや峠の力餅あんじゃん。食う。

 うまい。いやうまい。疲れた体に甘味が浸透し、全身を駆け巡ってゆく。使い果たされた精神的なエネルギーが、多少なりとも補充されるのを感じる。鹿児島で食したかるかんを思い出す。出来ればこれもトラブルから抜け出した状態で食べたかったです_____。

 

 

もう既に一切の代替手段は無かった。今から福島に戻り別ルートを採ることは時間的に不可能である。山形新幹線奥羽本線の線路を利用して運行されているため、ここで運転見合わせが発生したとなれば当然のごとくストップしている。鹿児島の時のように苦肉の第三セクターについて云々言っている場合ではなかった。僕らに残された選択は今度こそ、「ただ待つ」それだけだ。

 

 ピンポイントすぎる運転見合わせ区間もまた、僕らの「どうして」を加速させた。

 止まっているのは米沢~山形。つまり先述した仙山線北上線ルートを使用していれば、何の問題もなく大曲に辿り着けたはずである。こういうときの常套句ではあるが「よりによって…」と言わざるを得なかった。福島駅で運転見合わせのリスクについて散々勘案していた自分たちが余りにアホみたいに思えてくる。18きっぱーに人権無し。どうあがこうと結局は、僕らの運命はJRの手中にあるのだ。

 

 

状況に変化のないまま時間だけが経つ。本来乗るはずだった列車の発車時刻はとうに過ぎた。この分だと復活したのちに至るまで、ダイヤが乱れまくって山形に着く見込みの立たないことは必至だろう。最終接続に間に合わない可能性が現実味を帯びてくる。迫る行程崩壊に、そろそろ焦ってくる頃だった。本格的にやばい、そんな空気感が次第に強まる。

 

とにかく、疲れていた。

思えば九州の南端から東北地方のど真ん中まで、3日間延々と鉄路を乗り継ぎやってきている。始発は当たり前、不規則な食事に睡眠リズム、満足に休めない鈍行の硬いシートは、体力はおろか精神的なそれを容赦なく削っていた。その疲労感が、ここへ来て一気に噴出する。出来ることも少なく、ただ待合室のイスにぐったりと座っているしかない。

世間はクリスマスイヴ。浮世の雰囲気につられてどことなく浮ついていた僕らに、容赦なく襲い掛かってきたのがこの運転見合わせだった。年に一度の聖夜を迎えようかというこの夕暮れに、男子高校生3人組は東北の地方駅で缶詰を食らう。本当に何の因果なのか。辛さを通り越して惨めにすらなる。「なぜ稚内に行くのか」いつもの問いを繰り返す余裕もなかった。どうしてクリスマスの夜に、列車の運転再開を雪降る米沢で待たなければならないのか_______それを考えるだけで、もう精一杯だった。

 

 

 

だいたい午後6時頃だったと思う。山形新幹線の運転が、ようやく再開する。

一刻も早い運転再開を望む僕らにとってこれは確かに吉報だったけれど、だからといって安心できるわけではなかった。このまま行けば、奥羽本線の運転再開も時間の問題だろう。だが、前述のデッドラインに間に合わなければ大曲は不可能になる。JRとしても、しばらくは優等列車である新幹線の回復を優先させるはずだ。その合間を縫うことになる奥羽本線の鈍行が、果たして20:21山形発に接続してくれるのか______これは全くもって、不透明と言ってよかった。

 

 

またしても暇になる。会話も尽きた待合室で、運転再開だけの報をひたすらに待ち続ける。設置されたテレビから聞こえるクリスマス特番の歌コーナーのにぎやかな声が部屋に響く。流れてくるのは、よりによってこの曲だった。「♪今、わたしの、ねがーいごとが、かなーうーなーらば、翼がほしい…」

ja.wikipedia.org

これには流石にキレた。翼がほしいのはこっちだわ!!!!こちとら鹿児島から地面這いつくばってやって来とんねんぞ???????ああそうでしょうね、鹿児島から稚内まで行くなら空の便をお使いになられるのが最も効率的でしょうね!!!!!それともあれか、その翼とやらで大曲まで運んで下さるのか?????いっぺんクリスマスイヴの米沢に閉じ込められてから同じセリフを吐いてみろと本当に叫びかけた。危ない危ない。限界旅行に託けて社会的地位を失うわけにはいかない。口に手を当て笑顔で「オホホ、出羽のお方の煽りは粋ですことね」と誤魔化しておいた。

 

進展のないまま、時間だけが経過する。米沢に到着してから、いつの間にか1時間半が経とうとしていた。焦りを募らせる僕らを嘲笑うかのように、外では苛つくほど静かに雪が降り積もっている。どのみち出来ることは無かった。奥羽本線の運転再開を、ただただ待ち続ける。

待合室の人混みはひどくなる一方だった。みんなどこかから来て、どこかに目的地があり、そうしてたまたまこの米沢の駅で立ち往生しているのだろう。その中に日本縦断を目論み鹿児島から来た挙句、大曲に辿り着こうとして踏ん張っている僕らのような人間をも含んでいることが、あらためて不思議に思われた。いずれにせよ間に合えば大曲、間に合わなければ新庄までのどこか。ただその事実を前に、淡々と構えているほかは無かったのである。

 

 

そして______18時半過ぎ、とうとう奥羽本線が運転再開に向けて動き出した。

待ちに待った奥羽本線山形行きが、ようやくホームにやってくる。

 

 

 本来なら既に山形に着いている時間。辺りは既に真っ暗だった。出羽の雪降る中を堂々と構えるこの列車が、事実上最後の命綱だ。これが山形で新庄行きに接続するかどうか、それで全てが決まる。車掌さんにその旨を念押しに行くも「何とも言えない」とのお返事を貰う。本当に、瀬戸際だった。

 

 

 列車はなかなか発車する気配を見せない。漏れ伝わってくるところによれば、この列車の前を走るはずの新幹線の発車を待って出発するようだった。しかしその新幹線も、乱れに乱れたダイヤの中ではいつ動き出すのかもわからない。ダメかもしれない______そんな考えが現実味を帯びてくる。

幾多のハプニングありつつ何だかんだ楽しく会話しつつ米沢まで来ていた3人だったけれど、米沢からの発車を待つこの車内に関しては、比喩でも何でもなく完全に無言だった。そろそろ精神的に限界が近かった。あるいは大曲までの接続が完全に絶望的であったならば、まだ建設的に動けたのかも知れない。しかし体力的にも良くない状況下で、この生命線たる列車がいつまでも米沢のホームに留まり続ける、その焦りといったらなかった。

どうすることも出来ず妹にLINEしてみたりする。

 

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いやお前マジか。

 

 

正直なところ、ちょっと心折れかけていた。

もう何もかもどうでもよくなりそうになる。自分が何故こんなことをしているのか分からなくなった。クリスマスだぞクリスマス、聖夜は家に帰ってゆっくりと祝うべきだろ。なぜ稚内に向かうために、こんな日までこんな苦労をしてるんだ。ただただ、疲れていた。耐えかねてTwitterを開けば、年に一度の行事に満更でもないTLが嫌でも目に付く。

惨めだった。世間が聖夜の雰囲気に浮かれているまさにそれと同時に、僕らは米沢のいつ発車するとも知れない車内で、疲労のために言葉もなくただ座っている。恐ろしいほど無力で、絶望的だ。そして投げやりだった。大曲に辿り着けるか着けないか、それすらどうでもいいようにすら思える。もうどうにでもなればいい、18きっぷごと破り捨てて帰ってやろうか、そんな考えすら浮かぶなか、ふと自分のカバンに目をやる。

 

ぶっきーがいた。

 

屈託のない笑顔だった。僕らの行程が崩壊するかどうか、その完全に瀬戸際のタイミングで、彼女はただこっちを見て楽しそうに笑っていた。

ハッとした。僕は一人ではない。

思い返せば、西大山の駅からずっと「4人」でここまで旅してきたのだった。その間幾つもの出来事があり、出会いがあればトラブルもあった。でも僕らは稚内を目指し、ただ目の前の線路に忠実に、一つ一つ列車を乗り継いできた。その実感があった。

そして今、大曲に辿り着けるかどこまでも不透明な状況を前にして、なすすべなく座りつくす3人がいる。しかしやることは一つだった。「行けるところまで行ってみましょうよ」_______そう言われている気がした。とにかく大曲を目指す。ダメならダメで、新庄に宿を取る手はずは整えていた。どのみち道は一つだ。これまで通り、目の前の鉄路に忠実に、漸進していくしかないのだ。

精神の緊張が肉体に回って疲労はピークに達しようとしていたけれど、ともかくも覚悟は決めた。もう弱気にはならない。僕は青春18きっぷで、ぶっきーを連れて真冬の稚内に辿り着く。そのために、今この列車に乗っている。それだけだ。

 

 

午後7時前。奥羽本線は、とうとう動き出した。

 山形で新庄行きに接続してくれるのか、この時点でもまだ不明だった。だが、ともかくもこれで先には進める。それは、先程までただ立ち止まって待つことしかできなかった僕らにとってみれば、確かな希望ではあった。余りに濃すぎる2時間を過ごした米沢の駅を離れ、列車はゆっくりと北上を始めた。

 

疲れと緊張とでどうにかなりそうだった。ガタゴトと周期的な振動だけが淡々と響く。窓の外を見れば、暗闇に雪だけが白く映えている。この車内だけが全てだ。全員が無言だった。列車がただそのレールの上を愚直にひた走る、その感覚が直に伝わってくるようだ。とにかく、信じるしかなかった。

 

 

 

 そして_______僕らの命運を分ける接続についての車内放送が、人も疎らな車内の静寂を裂くように唐突に舞い込んできたのは、発車からおよそ20分が経過しようかというところだったと思う。

 

本日はJR東日本をご利用いただきありがとうございます、赤湯中川間で発生した信号点検により列車に遅れが生じましたこと誠にお詫び申し上げます。決まり文句が読み上げられる中、緊張が一気に高まるのを感じる。

「なお、この列車での山形での接続ですが_______」言い回しは淡々としていた。接続すれば勝利、しなければそれまでだ。人生でこれほどまでに車内放送に集中することはもう2度とないかもしれない、そのくらいの緊張で、固唾を飲んで次の言葉を待つ。これはダメだったか_____そう思いかけたとき、言葉が続いた。

 

「山形で、20時21分発新庄行きに、接続いたします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山形に、着きました。

 

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正直に言って、この辺りはもうほとんど記憶がない。車内放送にガッツポーズをキメてから山形に到着するまでがすっ飛んでいる。起きていたか寝ていたかもあまり定かではないのは、駅メモのスクショが残っていないせいでもある。2日目の鬼のようなアクセスはどうしたんだお前。

ただ2時間近くに渡る緊張状態から解放されたことで、その分の疲労が一気に押し寄せてきていたことは確かだった。新庄行きを待つ山形駅改札内で、無言でぐったりしていたのだけは覚えている。精神的にも肉体的にもかなり参っていたように思う。かずきくんとは言えばこの状況下でも駅員室にて18きっぷにスタンプを貰いに行っていた。凄いなお前な。

 

待っているとT氏がこんなものを発見する。

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 この期に及んで煽ってくる気満々らしい。何が「どこまで」だ大曲に決まってんだろどうやら無事に辿り着けそうです本当にありがとうございます_______

 

 

満を持して、20:21発新庄行きに乗り込む。大曲への、正真正銘の最終接続列車だ。

 

 目の前に停車するまさにこの列車に乗るために、僕らは米沢で2時間缶詰になったのだ、そう思うと強い感慨と安堵があったのは言うまでもない。ついさっきまで米沢で暗澹たる顔持ちをしていたのが信じられない。大曲に辿り着ける、確実な希望があったのは確かである。とはいえここから大曲まで、1度乗換えを挟んで地味に結構な時間乗車しなければならない。よろしくお願いします、と乗車する。

 

 ほどなくして列車は動き出す。閑散とした車内に、淡々とした車内放送が響く。何事もなかったかのように、列車は新庄までの各駅を一つ一つ渡っていく。

率直なところ、ここは本当に全ての思考が停止していたように思う。このまま黙って列車に身を委ねていれば大曲に辿り着けることが保証される、この安堵はさっきまで米沢で胃をきりきりさせていた僕らには劇薬だった。押し寄せる強い疲労感に感情はまるで追い付かず、終始無言だった。どうにかなりそうだった。

 

 

1時間ほどの乗車の後、ようやく新庄駅に到着する。 

 

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秋田駅行きの最終列車は、もう既に控えていた。ここから秋田に至るその途中にあるのが大曲駅。正真正銘、この日最後の列車だ。

 

 

恐ろしいことには、ここへ来てまさかのロングシートだったことだ。さすがJR東日本さん、トラップの設置に抜かりがない。最後の最後まで僕らを苦しめてきやがる。思えば2日目のラストもロングシートである。なんだJRは18きっぱーに恨みでもあるのか。

とはいえ文句を言う筋合いも気力も無かった。これに乗って大曲に行く、それだけだ。

 

 大曲までおよそ1時間40分の乗車だった。前の列車の車掌さんが、この列車の車掌さんに労いの言葉をかけるのを見掛ける。後者は女性である。大曲を過ぎ最終的な秋田到着が0時を越えるような列車だったことを、ふと思い出す。こんなクリスマスの夜にまで、旅をする僕らや、その他大勢の人々を乗せて、夜更けまで鉄道の運行に従事する人々がいる______勝手に胸が熱くなったりする。そういう気分だった。

外の景色を眺める気力も無かった。次の駅のアナウンスだけが、僕らが大曲へと着実に近づいていることを教えてくれる。思えばこの日出発したのは静岡。随分と遠くまで来たものだ、とふっと感慨に浸ったりする。米沢ではどうなることかと思ったが、こうして最終列車にありつき、今日の目的地までもうあと少しだ。闇夜の黒と積雪の白だけが曖昧に映える雪国の夜を、列車は淡々と、しかし力強く走っていく。

 

 

 そして、とうとう_______定刻より少し遅れて23時25分、列車は大曲駅ホームにゆっくりと滑り込んだ。

 

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3日目、完________

 

 

 

総評。とにかく、長かった。

 

 御託はいいでしょう。米沢、それに尽きる。

思えば西大山から、多少のアクシデントありつつもほぼ行程の崩れることなく来ていた僕らにとって、初めての「もう駄目かもしれない」がここだった。10時過ぎに辿り着けるはずだった大曲は結局、11時を大きく回っての到着。それも最後の4時間はほとんど死んだような顔をしての雪中行軍である。改めて大曲に居るのが奇跡のように思える。のんきに宇都宮ギョーザを食べていたのが同じ日だとは、到底思えなかった。

それと同時に、これが「限界旅行」であることをもう一度想起させた。もしかしたらJRが、雪国とクリスマスに浮かれる僕らに下した洗礼のようなものがこれなのかも知れない。というかそうでないと説明がつかない。

いずれにせよ、まだ旅は折り返し地点。ここから北の大地を3日間に渡って走破していくことになる。始発終電コンボで失われた精神力を補い、気を引き締めて明日からの行程に備えるべく、1日の営業を終えた大曲の駅を後にした。

 

 

 

 

 

 

疲れで気が狂っていた+クリスマスだった+謎の達成感に包まれていた

=パーティーした 

 

 

 

続きます。たぶん。