ゴミ箱(もえない)

ごくまれに何か書いたり書かなかったりするかもしれたりしれなかったりする

日本縦断をしました - その3(下関→静岡)

たぎょうです。日本縦断、どんどんやってくよ

前のはこれ↓

 

ta-chi-tsu.hatenablog.jp

 

2日目、基本的にこの日は平和だった。特に大きいイベントとかアクシデントも無かったので一見楽だったように見える…が、地味にかなりの乗車時間を誇っていたのがこの日。単純に改札内に居た時間に加えて東海道山陽の恐ろしいまでの接続の良さにより、今思えばかなり体力を削られていたように思う。この状況が3日目に僕らを襲ったアレでも確実に響くことになる_____その話はその時に。まずはこの2日目の行程をお楽しみください。

 

 

 

12/23 日本縦断2日目

下関→静岡

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 朝5時の下関駅から、おはようございます。

 

この日、何を思ったか意味もなく午前4時起床を成功させてしまった僕らは、「海が見たい」というかずきくんの発案に同意する形で4時半の下関の街の散歩に繰り出していた。

早朝の、まだ動き始めていない街の姿というのは往々にして非常にエモーショナルだったりするのだけど、それは下関においても例外ではなかった。朝の研ぎ澄まされた感覚は静けさを余計にあおる。鼓動を始める前の交差点は人影も車通りも疎らであり、それが不規則に五感と呼応する。日中は人々の営みと喧騒のなかで息を潜めている街の影が生き物のように一つになり膨らみ、こちらにのしかかってくるような感覚がある。耳をすませば、呼吸が聞こえてくるようである。僕ら以外に人影のない駅前の歩道橋を歩きながら、そんなことを思う。

そのまま下関駅のコンコースに至ると、また独特の感覚が味わえた。日中と同じように照明が点灯し駅自体が動き出そうとしているにも拘らず、多くのシャッターは閉まり人影一つない。それは寂しさでもあり、同時に都市機能を保ったまま人間だけ失われたような奇妙さでもある。だがそれは嫌な感じではなく、むしろ普段は生活の中での「機能」としてしか認識していなかった都市の構造が、実体として目の前に現れた瞬間だったように感じる。そしてこうした感覚は、西大山を発ってからフグに至るまで持続的に興奮状態だった僕らの精神を和らげ、リフレッシュしてくれるには格好のものだった。

 

ともあれ、こうして5時過ぎ、僕らはこの日も18きっぷにスタンプを押してもらい、ホームに待機していた始発列車に新たな気持ちで乗り込んだのであった。2日目、スタートです_____。

 

 

 

 2日目。九州縦断のための紆余曲折のあった1日目と違い、この日の行程は単純だ。即ち山陽本線東海道本線を延々乗り継いで静岡駅まで向かう」である。

そもそも僕らがどういうルートで日本縦断しようとしていたか簡単に言うと、基本的に王道幹線ルートだ。西大山からとりあえず本数の多い主要な路線で東京駅を目指し、スイングバイするような形で北日本へと向かっていく。この2日目は、その東京駅を目指す途上ということになる。

ここで活躍するのが天下の宝刀、東海道山陽本線。太平洋から瀬戸内の人口密集ラインを東西に突っ切り、日本の物流と交通の背骨にして大動脈と言えるこの路線は、とにかく本数が多い。そして速い。ただでさえ主要幹線として確実に構築された速達性に加え、随所の通勤通学圏には快速も用意されており、要するにめっちゃはやい。18きっぱーが西日本から東京へ出来るだけ早く移動しようというときに、これを使わない手は無いのである。

という訳で、この2日目は人口密集地を駆け抜ける通勤通学列車の風情もへったくれもない姿がお届けされてゆきます。

 

 

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5:36、山陽本線下関発岩国行き。冬の山口のまだ薄暗い中を瀬戸内海に沿って突っ走るコイツこそ下関駅の1番列車であり、同時にこの日の僕らの1本目だ。ローカル線を使いのんびり観光しながら九州を縦断していた昨日とは違い、主要幹線の有無を言わせぬ速達性で一気に西日本を駆け抜けていく、その最初の列車がこれになる。

電車は暗闇を走り出す。早朝ともあり乗客はまばらだった。

とはいえ広島や岡山、関西の大都市圏を抜けていくにあたり、場所によってはかなり混雑することも考えられる。もう一度気を引き締め、僕らは東方へと向かう黄色い車体に揺られる。

 

 駅メモのふぶさんすき

 

 

東の空が白ばんでくる。

 

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周防大島大島大橋を撮る。時刻は8時半を回ったところ。既に十分明るくなった空に低く雲がかかり、その白さに水平線が淡く溶けていく瀬戸内のオーシャンビュー。

この年の10月に起きた貨物船衝突によって水道管や光ファイバーが破断し、橋自体も損傷を受けていたのがこの大島大橋。確かこの時もようやく応急復旧工事が終わり、通行規制が解除されてからちょうど一か月ほどだったと記憶している。このブログを書いている現在も本復旧工事をしているのではなかったか。本当にお疲れ様です。

 

 

9:06、岩国駅に到着する。 

 

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下関が山口県の西端なら、ここ岩国はその東端にあたる。岩国行きの電車に乗ったのが5時36分なので、下関からここまできっかり3時間半。つまりそれだけの時間を要して、まだ山口を横断し切れていないことになる。山口県は意外とデカいのだ。

 

事件とまでは言わないが、ここで軽めに予想外の事態があった。

 手持ちの時刻表によれば、僕らが次に乗るはずだったのは9:10分発白市行き。瀬戸内随一のターミナルたる広島を越え、更にその後に来る糸崎行き、さらには相生行きへと接続する電車である。

で、構内の電光掲示板を見て焦る。そんな電車は無いのである。

流石にびっくりした。掲示板には時刻表のそれとはまるで違うダイヤの電車が普通に表示され、それに関して目立って案内がある様子もない。もっとも広島近郊のこの区間は本数も多いため大した支障もないのだが、もし手元の時刻表がまるで信用ならない紙の束と化すようであればどうにかして別の手段で電車の接続を調べ行程を立て直す必要が生じる。とにかくその見立てのために、この予想外ダイヤの理由を知る必要があった。駅員室まで聞きに行く前にもう一度、電光掲示板を凝視する。

流れ続ける下のテロップに、それらしき文言をようやく発見した。

山陽本線糸崎-岩国間は、平成30年7月豪雨による被災による臨時ダイヤで…」

なんと。

これはその1でも書いたけれど、平成30年7月豪雨は僕らが2018年夏での日本縦断を断念する直接の原因となった災害である。その爪痕が未だに残っていたとは…。いや、残っていることは知っていたもの、よもやそれが時刻表と実際のダイヤのずれるような事態を引き起こしていたことが驚きであった。

駅員さんに聞いたところでも、糸崎までは実際に表示されているダイヤの方に準じて動いているとのこと。とにかく次に来た電車に乗って広島方面を目指すことにした。

 

 

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という訳で、9:17岩国発白市行きの電車に乗り込む。

 

さすが山陽本線なのは、こうしたちょっとした不測の事態でも行程にほとんど影響のないことだ。これが肥薩線みたいな路線であったらかなりやばいことは想像に難くない。休日でも10~15分に1本程度の運行本数が確保されている主要幹線だからこそ「来た電車に乗る」とかいう首都圏通勤電車みたいな雑な扱いが可能となるのである。

それにしても時刻表、そういう大事なことはちゃんと表記しておいてほしい。たまたま山陽本線の、それも広島近郊のかなりの本数を誇る区間だったからほとんど問題にならなかったけれど、書いてあるダイヤが予告なく違うというのはちょっとまずいんじゃないの。「災害による運休などについて」と題されたページにも山陽本線の豪雨のことは一言も書いていない。せめて「臨時ダイヤのため予告なく変更となる場合が…」くらい明記しておいてよいのではないか。県境を越え広島市内へと走る車内で、ぶつくさ悪態をついていた覚えがある。

 

そんなことを思い出しながら当時の時刻表をパラパラとめくる。

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真上に思いっきり書いてあんじゃねえか。ごめんね時刻表。

 

 

10時過ぎ、いったん広島で下車。

 

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一応ここでもダイヤの確認を取りつつ、お土産と少し早いが昼食を購入し、あらためて10時35分広島発糸崎行きに乗り込んだ。

 

 

お前ら今日中に静岡まで行くんだろ、そんな悠長な感じで大丈夫なのか、と思われるかも知れないが無問題。むしろこれでも余裕のあるくらいだ。さすがに東海道本線、静岡まで接続してくれる電車は日付を越えようかというあたりまで運転されている。高校生ともありそういった時間の列車にはなるたけ乗らずに済むよう努めるものの、道中で駅弁を買うくらいの余裕はあるのだ。

というわけで、はい。

 もう見たまんまですね、たこ飯だ。御託はない。うまい。

 いい感じになってきた。思えば鉄路日本縦断のくせしてここまで駅弁の登場が一度も無かったわけで、こうして車内でまともに美味い弁当を食しているだけでそういう気分になってくるのが自分でも分かる。これが旅気分ってやつか。いいね。2日目にしてようやく自分が稚内へと駒を進めている実感が湧く。楽しくなってきたぞ。稚内の遠さは未だによく分からんけど。

 

ところで、10時過ぎにしてようやく上がってきたテンションにずっと電車乗りっぱなしによる暇さが合わさってかどうかは分からないが、3人の写真フォルダにこの辺りでだけ共通して映り込んでいる子がいる。

 ぶっきーだ。

何故だか分からないけど岩国を発ってから広島を過ぎるあたりまでやたら多い。僕は常に連れていたから特別違和感は無いのだけど、(少なくとも現在において)特にそういう趣味があるわけではない2人のフォルダにまで入り込んでるのは中々愉快。ほんとなんだろこれは…?「4人」で稚内へ向かっているという意識の芽生え…??確かにここを境に何度か「一緒に写真撮ろ、ぶっきーそこ配置してあげて」とかいう文言を聞くようになった。ちょっとうれしい

 たこ飯の枠に入り込んでいる。かわいい

 

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 たいへんにかわいい

 「予備のモバイルバッテリーを背もたれにしてあげると安定する」とかいう謎の技術も暇を持て余したこの辺りの我々によって開発されたと記憶している。趣旨なんだっけ…???

 

 

12時8分、糸崎駅に到着。

 

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 時刻表とダイヤとを照らし合わせる。間違いなく合ってる。OK、糸崎以東は確実に時刻表通りだ。少なくともこの時刻表がただ重いだけの紙束と化すことはない。よかった。

12:17、山陽本線福山行きに乗ってさらに東へ。

 

この辺りからまた、件のゲームが面白くなってくる。

 駅メモには「新駅ボーナス」という概念がある。その名の通り初めてアクセスする駅につくボーナスであり、2回目以降と比べ物にならないスコアが獲得できるものだ。当然下関からここまで全ての駅が初アクセスである僕にとって、この2日目は恐ろしいほどのスコア乱獲祭と化していた。初心者とは思えない勢いでガンガン上がるランキング。楽しい。

おまけに人口密集地であり18きっぱーも多く生息する山陽本線だけあって、こういう現象もしばしば発生する。

 首都圏で争っている今でこそ特に珍しくもない光景だけど、この時は中々感動だった。この列車のどこかに何食わぬ顔で僕と同じ駅へアクセスする誰かがいる。そしてこういう場合それは大抵猛者だった。強い。運よくリンクできても秒単位で取り返されたりする。たまにこちらのでんこのスキルが発動して取り返せたりすると、それはもう良い気分だ。そうか、一緒に日本縦断しているうちに強くなったのだなあ…新駅ボーナスをもりもり吸い取るでんこたちを眺めながら勝手にしみじみする限界高校生を乗せて、電車は福山の駅へと至る。

 

 

12時46分、福山着。

 

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福山はほとんど広島の東端。山口県を1本の列車で一気に駆け抜けた後は、広島県を3本に分けて進んできたことになる。正直このあたり、思っていたより長かった。

乗り換え時間はたった3分。昨日では考えられない短さだ。次に来た山陽本線和気行きに乗ると、電車はすぐに動き出す。

 

 

そのまま岡山駅に着いたのが13時48分。

この辺正直書くことがあまりない。どうしても行程を淡々と綴るのとほとんど変わらなくなってしまう…まあ何事もなく来れたってことなんですけど。平和が一番、行程通りが一番。遅延や運転見合わせなど鹿児島で十分だ。幾らエキサイティングであれ旅はまだ序盤。このまま順調に進むことを祈るばかりです。

 

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接続の関係上、ここで降りても和気駅まで行っても次の列車は変わらない。という訳で、後続の電車が来るまで岡山駅を散策する。

 

とはいえ特にすることもなし、かといって観光するほどの時間もなし。お土産でも見て時間を潰すかなとか考えていたら、かずきくんが唐突に瀬戸大橋線のホームへと歩き始める。

瀬戸大橋線岡山駅を出るとそのまま南下し、その名の通り瀬戸大橋を渡って香川は高松まで至る路線だ。要するに本州と四国をつなぐ、僕らの行程とはまるで無関係な路線である。そのホームへと、同行者氏はガンガン歩を進める。コイツとうとう気でも狂ったか。この平和な瀬戸内の一都市から稚内まで行くその途方も無さに絶望して、あろうことか更に南の四国にまで逃避行を図ろうとしているのかもしれない。どのタイミングで見捨てて稚内に向かうべきか図りかねていると、こんなことを言い出した。「岡山駅瀬戸の花嫁が聞きたい」

ja.wikipedia.org

瀬戸の小島へ嫁ぐ心情を歌ったこの曲は、JR瀬戸大橋線予讃線のいくつかの駅の発着メロディーとして使われており、ここ岡山駅もそうした中の1つだ。要するに瀬戸大橋線ホームでこれを聞きたいというのである。なるほどね。残念ながら昭和歌謡についてはまるで詳しくない人間なのでその良さはあまり分からないのだが、少なくとも日本縦断の突然の放棄を意図した行動ではなかったらしい。よかった。入線チャイムにうっとりと耳をそばだてるかずきくんを横目に見つつ、何か勝手に安心していた。

 

あとしていたのはこんなこと。

 …ノーコメントで。

 

 

14時12分、岡山発相生行きに乗る。

車内は結構な数の人だった。座れたかどうかもあまり定かではない。広島から東へ来るに至って福山辺りまではかなり空いていたのだが、岡山を発車し兵庫県に至ってまた乗客の数が増えてくるのを感じていた。日曜だというのに中々の人出だな、などと思いながらガタゴト運ばれてゆく。

相生駅で今度は15:19発姫路行きに乗り換え。ここの乗換えに至ってはたった2分。効率性と利便性を最大に重視して組まれたダイヤ。完全に都市圏のそれである。

 

 

姫路駅に着く。

 

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だいたいこれが16時前。12月の16時となれば、そろそろ太陽が本格的に傾き始め寂しさの増す時間帯だ。こうなると1日目にも襲った感覚がまたやってくる。「これ本当に辿り着けるのか…?」

独特の焦りにも似た感情が頭に押し寄せる。静岡を目指し早朝の下関から鈍行を乗り継いでやってはきたものの、夕方も近くなってようやく姫路。ようやく京阪神地区の入り口である。ここから阪神を越え京を越え、さらに東進して名古屋を越え浜松を越え、ようやく静岡だ。ちょうど日曜の都市圏、周りの人々もどこか忙しなく動くのがやたら目につく。大したトラブルも無いとはいえ朝から乗りっぱなしの疲労感もまた、テンションの低下に一役買っていた。

 

だが、ここに心強い味方がいた。

15:56、僕らのような貧民18きっぱーの救世主とも言うべきアレに乗り込む。そう、関西圏の誇る超速列車、新快速だ。

ja.wikipedia.org

新快速。名前からして既に強そうな感じがするが、その運行形態も負けず劣らずやばい。というかめちゃくちゃやばい。

まず何がやばいかってその運行距離だ。ここ姫路やちょっと離れた赤穂駅を出発すると、神戸を抜け大阪を抜け、さらに京都すら抜けて滋賀は米原まで1本のみで至る。電車によってはそこから北陸本線に抜けて敦賀まで至る。つまりこれに乗るだけで2府2県、ないし3県を高跳びできる。とんでもない距離である。

だが新快速の真の凄さはむしろ、その停車駅の少なさにある。例えば新大阪から京都までの間、停車するのはただ一駅(高槻駅)のみと言えば分かってもらえるだろうか。京阪神地区の人口密集地帯を、ずっとこんな調子でほとんどその地区の主要駅しか停まらずにぶっ飛ばす。当然所要時間は鈍行や普通の快速なんかとは比べ物にならないレベルで短縮される。大都市の連なる関西におけるとんでもない速達列車なのだ。

こうした京阪神ワープ機能とすら思える恐ろしいほどの超速性を誇っておきながら、種別上は「快速」。貧民18きっぱーでも気兼ねなく乗車が可能だ。東海の手前から瀬戸内まで簡単に至るこの利便性が、どれだけの数の限界旅行民を助けたかわからない。そしてこの東海道山陽の速達性における真骨頂とも言うべきコイツに、僕らもまた力を借りようとしていた。

 

僕らを乗せた新快速長浜行きはゆっくりと姫路を出発すると、大阪方面に向けてすぐにスピードを上げた。

はやい。めっちゃはやい。

列車自体の速さもさることながら、気兼ねなくどんどん飛ばされていく途中駅もまたその感覚に一役買っていた。思えば西大山を発ってから2日、ここまでずっと2両だか3両だか、多くとも6両編成くらいの鈍行に乗って全ての途中駅に律儀に停車してきた。だが都会的なフォルムでかっとばす12両編成のこの新快速に乗り一路米原へ向かう今、そんな必要はどこにもない。ちょうど帰宅ラッシュの始まる頃で、どの通過駅にも列車を待つ人々がわらわらと群れていた。そんなことはお構いなしに新快速は走る。はやい。いいぞ。一種の高揚感というか、優越感に似た感覚すら覚えていた。どうやらそれは、こうして京阪神を地理的に飛び越えると同時に、そこに住む人々の生活をも一足飛びに跨いでいくことへの興奮だったのかもしれない。いずれにせよ途中駅で混雑を増した新快速はほどなく大阪を抜け、京都に迫っていた。

 

で、阪神の駅密集地帯を短時間ですっ飛ばした結果、当然の帰結としてこういうことが起こってくる。

 駅メモが、楽しい。

確かこの時も姫路から乗り合わせた猛者とアクセス合戦をかましていて、前述のようにやたら興奮していた覚えがある。おまけに15秒単位でアクセスできる駅の変わるような目まぐるしさ。同行者が睡眠を取る中、1人躍起になってスマホをポチポチ。結果として日本縦断において最もスコアを稼いだのがここ新快速区間だったと思う。この時に育てていたハルさんも今では僕の最重要アタッカーでんこ。ありがとう新快速。

 

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か~わ~い~い~…

 

 

18時25分、新快速は米原駅に滑り込む。

 

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 列車はここから更に北陸本線を北上していってしまうため、ここで下車となる。辺りは既に夕闇につつまれていた。

それにしてもとんでもないスピードだ。姫路で乗ったのが4時前だから、2時間半もかからずに京阪神を突っ切ってきたことになる。ここから後は東海道線で名古屋都市圏を越えれば、もう静岡県だ。そして有難いことに、ちょうど帰宅時間帯の名古屋にもワープ機能がついている。特別快速の存在だ。

 

18:46、特別快速豊橋行き。大垣・岐阜・名古屋を通って静岡県の手前である豊橋にまで至る電車に乗り込む。そのまま21時前までさっきと同様に駅メモをポチポチしていたらもう名古屋を越え、終点の豊橋の程近くだ。

 

こうなってくると風情もへったくれもない。山陽本線を鈍行で乗り継ぎつつ一歩一歩着実に進んできた前半と違い、街明かりの中を猛スピードですっ飛んでいくさまは最早何かの作業にすら思えてくる。早朝からずっと電車に乗り続けてきた疲れも相まって少し虚無にすらなる。いつだかの問いがまた巡ってくる____「なんで稚内行くんだっけ…?」いやだめだ。これを考えてはならない。というのも1日目、とある約束をしていたからである。

 

 「なぜ稚内に行くのか?」これは軽く禁句となっていた。言ったところでまともな解答はどこにもないことが何となく判明してきたからだ。というかこの際はっきり言ってしまえば、意味など無いのである。それが何故であるのかなど野暮な話だ。僕らは、日本縦断がしたいから日本縦断をしているのだ。こうして見ると人生みたいなもんである。僕らは、或いは神の気紛れによってこの世に生を受け、そうして今ここに生活している。そこに深い意味はなくて、早い話生きたいから生きているのだ。そうして営み考え成長しているうちに、ある日唐突に旅がしたくなったりする。そうしてただその思いだけで行程を立て、西大山から稚内まで、鈍行でちんたら漕ぎ出したりするのだ。

 

 

名古屋からの帰宅客で混雑した特別快速は、20時54分に豊橋駅へと到達した。

今度は鈍行で浜松まで向かう。乗り換え時間は3分。特別快速からの乗客と豊橋からの帰宅客で車内はたちまちごった返す。東海の通勤通学圏はまだ続いていた。

 

疲れた体にかなり堪える浜松までの立ちっぱなしだったが、それとは別に新快速の辺りからとある感覚があった。「東京」へ確実に近づいていることへの安心感である。

 何だかんだ言えど、僕らは結局都内の高校に通うれっきとした関東人。九州や瀬戸内の空気を楽しんではいたけれど、やはり異郷に足を踏み入れているような感覚が、ある時は旅の興奮、またある時は寂しさとして襲ってくる。

それが今、こうして新快速で関西を抜け、特別快速で名古屋を抜けて東海へ至っていることはほとんど帰宅と言ってよいような心境だった。駅名標のフォントが変わり、車両の見た目が変わり、地名がだんだんと知った物へ変化していく。こうした通勤列車の雰囲気もまた1つで、さながらいつもの田園都市線を最寄り駅へ向けて揺られているかのような顔になる。人を寄せ付けず自分のテリトリーを守るためにしかめっ面でスマホに目を落とすその感覚は、ここではむしろ日常への回帰すら思わせるシンボルとして有難さをも感じさせた。悲しいかな、都会人は旅をしたところで都会人だったのである。

 

 

21:31、浜松着。結局この鈍行は終点であるここまでかなりの混雑を見せた。

 

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 もう既に静岡県駅名標もよく見る所謂「東海道線のアレ」である。思えば今日の朝は本州のほとんど最西端にいたというのによくここまで来たものだ。どうしてもこのまま帰りたくなる。新幹線乗っちゃ…だめ…???

 

だめです。本日最後の列車、21時43分浜松発静岡行きである。

 

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 慣れ親しんだオレンジ線のフォルム。ここがJR東海であることを強く感じさせてくれる。そしてここは地獄として名高い、問答無用の全席ロングシート区間。さすがは東海道線。快速2本で高速移動をキメて来た18きっぱーに、勘違いするなと言わんばかりにきつい鈍行をぶち当ててくれる。静岡駅までの1時間ちょっと、僕らは硬いロングシートで寝るにも寝られず最後の最後まで体力を奪われ続けた。暗闇の中、口数少なになった3人組を乗せ、鈍行はガタゴト走ってゆく。

 

 

そして_____22時52分、電車は本日の目的地たる静岡駅に到着した。

 

 

2日目。 この日は本当に長かった。

 

太平洋岸を突っ走り日本の名だたる大都市を駆け抜けたのがこの日だった。北九州都市圏を発って広島を越え、岡山を越えて姫路に至り、京阪神を信じられない速度で突破したのちは名古屋を横目に、とうとう東海は首都圏の一歩手前まで、駅メモの記録にすら収まりきらないような駅数を通って来ている。かかったのは17時間とちょっと。電車に乗っていた時間だけでも16時間近くあるだろう。明日はとうとう東京すら抜け、いよいよ稚内に向けて北上が始まる。失った体力を回復しここからの行程に備えるため、できる限り早めに就寝すべきである…本来は。

 

だが長丁場を無事に終えた僕らは案の定狂っていた。順調に進んだ1日に祝杯を挙げ、うまいもので腹を満たそうという空気が嫌が応にも高まる。奇しくもこの日は12月23日、天皇誕生日である。ただでさえ頭のネジが吹っ飛んだ僕らが適当に理由をつけて散財するには十分だった。

ちょうどいいところに駅前にサイゼリヤを見つける。「よし、今日はパスタやらピザやら大皿をアホみたいに頼んで山賊の集会でもやろう」意気揚々と入店する。

そのまま堂々と席に着こうとすると店員さんから声をかけられる。「失礼ですが、ご年齢は…?」

年齢?どういうことだ。静岡には高校生がサイゼで飯を食ってもいけないとかいうローカルルールでもあるのか。僕らは下関から18きっぷでここまで来てるんだぞ。美味いものの1つくらい頼んだっていいはずだ。はっきりと答える。「高校生ですが」

すると店員さんはやはりといった目をして、こう言った。「申し訳ありませんが、18歳未満の方の23時以降の入店は条例で禁止されていまして…

 

 

 

 

あっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャンクフードは最高ですね。