ゴミ箱(もえない)

ごくまれに何か書いたり書かなかったりするかもしれたりしれなかったりする

日本縦断をしました - その2(隼人→下関)

たぎょうです。忘れないうちに日本縦断進めていきます。

前のはこれ↓

ta-chi-tsu.hatenablog.jp

 

 

前回を見返していて我ながら驚いてしまった。 あんだけ書いてまだ1日目の午前中なの…??旅行中から散々言われているけど初っ端から濃すぎる。というか殆どがトラブルとその対応に費やされている。初手だぞ初手。前世でどういう因縁があったら旅開始僅か4時間の内に絶望と希望のサイクルを一周するのか。

最もここで悪運を使い果たしたか、ここから暫くは大したアクシデントもなく至極平和な行程が続きます。ホントです。はいそこ残念そうな顔しない。そう毎回毎回トラブルに巻き込まれていたらこっちの身が持たない。ここまで来るとどうでもいいような気すらしてしまうがこの旅行の趣旨は18きっぷ日本縦断であり、このブログの目的はそれを淡々と思い起こし記録に遺すことです。決して行く先々で様々な困難に直面する僕らが行程維持のためにエクストリームスポーツ(?)をかます様を見て楽しむためではない。_____多分。日本縦断そのものが既にエクストリームスポーツだろって?返す言葉もございません…

 

 

 

12/22 日本縦断1日目

西大山→下関

ここまでの流れを少しおさらいしようと思う。

ついに西大山を発ち下関を目指すも、鹿児島中央にすら着かずして突然の運転見合わせに巻き込まれる一行。復旧を望む我々の願いが通じてか否か、いずれにせよ幸いにも日豊本線は再び動き出し、僕らはなんとか乗換えのある「隼人駅」に行程通り辿り着いたのだった。これがその1での出来事。

 

 

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という訳で、10:35、定刻通り隼人を発ったJR肥薩線の車内からスタートとなる。

 

 

 

いきなり話が飛んでしまうが、隼人から八代までを結ぶJR肥薩線において楽しみにしていることが一つあった。前回にもちょこっと説明したけれど、観光列車「しんぺい2号」である。

www.jrkyushu.co.jp

まあ上のサイトを見たまんまです。要するに人権列車である。豪華な内装、雄大な景色、いくつもの観光名所。吉松~人吉間の急勾配をゆったりと走る、極上の列車。それが「しんぺい2号」なのだ。

なるほどね、良いじゃないですか。だがちょっと待ってほしい。列車名のアタマにはっきりと記された種別名がお分かりだろうか。そう、堂々と書いてあるのである、「特急」と。しつこいくらい繰り返してきたが僕らが持つきっぷはたった一つ、「青春18きっぷ」これのみだ。貧民旅行の代名詞たる18きっぷには当然ながら「指定席特急券と併用して特急に乗る」なんて高尚で畏れ多い機能は付属していない。当たり前である。18きっぱーに人権などありはしないのだ。

一体どうするつもりか。鹿児島中央での運転見合わせで行程が危うくなったときでさえ肥薩おれんじ鉄道への乗車を渋った3人組である。よもやこんなところで18きっぱーとしての誇り(?)をかなぐり捨てたりはしない。今回の場合も、18きっぷの使えるような特例を見逃すことなく確実に捉えていた。

ただし、人吉~吉松間は普通列車として運転します。http://www.jrkyushu.co.jp/trains/isaburou_shinpei/

 この通り。「ただし」書きがされているのは、人吉からそのまま八代方面に抜けてしまう特急しんぺいが存在するため。我々が利用しようとしている吉松~人吉間の「しんぺい2号」であれば全区間普通列車扱いとなる。観光列車ということで指定席はあれど、普通車指定席であれば如何に権限の無い18きっぷであろうと、併用して使うことが可能である。要するに、18きっぷ+たった520円で、この区間における最上級の人権が手に入ってしまうのである。

 

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はい。まあなんと素晴らしい。

これも前回に触れた通りだけど、この区間の本数の少なさのこともあるのだろう。こうした特急・観光列車を除けば、吉松~人吉間を走る列車は朝一の普通列車が1日にたった1本のみ。ほとんど観光化された区間とはいえあまりに少ないとJRも判断したのだろうか。いずれにせよそのお陰で我々はこうして人権を確保しつつ悠々と下関を目指すことができる。感謝の極みである。

 

なるほどね。理屈は理解した。お前ら貧民旅行勢でも人権を確保できることは認めてやろう。理論上は。

だがプライドは無いのか??非人権きっぷを使い日本縦断を完遂せんとすることへの誇りは??こんなところで人権を摂取する行為に対する良心の呵責は??胸が痛くなりはしないのか????

 

これに関してもはっきりとお答えしておきたい。あるに決まっている。

僕らとしても、そもそも限界旅行を目論んでスタートした日本縦断において無暗に人権を確保してしまうことに対する罪の意識くらいはある。かずきくんに至っては「人権を摂取するのが忍びないのでしんぺい2号では絶対に一度も座らない」とか言い出す始末だった。おまけに鹿児島での事件の後だ。どうせなら初手で降って湧いてきたエクストリームな日本縦断をそのまま続行したかったし、こうして束の間とはいえ人権旅行へ切り替わってしまうことへの無念さ、残念さを抱えて吉松へ向かっていた。もう一度言う、無念だったのである。

 だが、思い出してほしい。そもそも何故僕らがJR肥薩線を使っているかを。

 鹿児島中央から鹿児島本線を使いひたすら北上するのが最も効率的であるにも拘らず、僕らがそれを選択しなかった、いや、選択できなかった理由______もう思い出されたであろう。肥薩おれんじ鉄道である。第三セクターであるこの路線が八代までを牛耳ってしまっているために18きっぷを使うことが出来ず、僕らはやむを得ずJR肥薩線で八代まで出ることを選択せざるを得なかったのである。繰り返す。肥薩おれんじ鉄道のために、僕らはしんぺい2号で人権摂取以外の道を閉ざされたのである。いやあ残念だなあ。もし肥薩おれんじ鉄道が無ければ、僕らはそのまま鹿児島本線で限界旅行を続けられたのになあ。いやあ無念無念。こんな人権を得ることになってすっごく幸せ悲しい。肥薩おれんじ鉄道さえ無ければなあ。僕らはな~んにも悪くないのに観光列車に乗って綺麗な景色を楽しまなくちゃならない。肥薩おれんじ鉄道が悪い。全部肥薩おれんじ鉄道のせいだ。肥薩おれんじ鉄道ありがとう絶対に許さない。

 

 

 

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という訳で、 ある種仕切り直しのような心地で吉松へ向かう列車に揺られる。

遅延+運転見合わせのコンボで初手の初手から大変なドタバタを強いられた僕らだったが、ようやく本来の行程に戻ることが出来ほっと一段落したのがようやくここに至ってのこと。そしてそれと共に、これからの途方もない旅程を一度俯瞰し冷静になるにはちょうど良い時間である。

初っ端から碌でもない緊張を強いられる羽目になったけれど、そろそろ「旅のリズム」が構築されるべき頃だった。これから5泊6日、1日十数時間も電車を乗り継ぎ3人で北上していく中で常に共有されているべき呼吸感_____それは個性とか役割分担とか社会的なものではないにしろ、この旅における一人一人の「平常心」みたいなものがある程度整い始めたのが、大体このあたりだったと思う。多分にそれはアクシデントから解放された落ち着きが大きいだろうけど、それ以上に「吉松にさえ着けばしばらくは人権を摂取できる」という精神的余裕がかなり強く作用していたものと感じている。ありがとう肥薩おれんじ鉄道

とはいえ安心感は僕らに疲労感をもたらし、そして日豊本線の複線を離れて山中へ入っていく肥薩線の単線を進む気動車の揺れは、疲れた身体にあまりに心地よかった。睡眠、大事。

 

 

目を覚ましたのは、どこかのお爺さんが近くのボックスにどっかり腰を下ろし、何やら紙を片手にブツクサ呟く声に起こされてのことだったと思う。

だいたい吉松に着く20分前かそこら。断片的に単語が聞こえてくる。「人吉……熊本………どうやって…?」寝起きの頭にもなんとなく内容が把握されてくる。お爺さん、もしかして肥薩線から熊本駅まで辿り着く方法を調べようとしている…?同行者2人も同様に思い始めたらしい。車内の意識がなんとなくそちらへ向き始める。

しびれを切らした(?)のは例の如くかずきくんだった。さっさと席を立ち熊本までの接続を教えに行く。この辺ほんと流石である。旅先で人に話しかける/かけられるのが限りなく上手。勿論僕らの中でこうした旅行に最も精通した人間が彼であったにしろ、社会生活の日常においてこうした社交性を確実に身に付けておられるのはあまりに尊敬に値する。僕みたいな陰キャオタクは分かっていてもそこまで早く行動することをしない。大抵傍観に終わる。いくつか行程を伝授して貰ったらしいお爺さんは、戻ってくるかずきくんに続いてわざわざ礼を言いに来て下さった。

 

で、結果的にこれがちょっとした出会いになった。

12月だというのに半袖短パン、豪胆でマイペースなお爺さんだった。ルートを教えてもらいすっかり気をよくしたらしく僕らと話し込む気満々である。なんだ、3人で旅してんのか?ええそうです、東京から来たんです、東京から!とりとめのないやり取りから最早恒例となった(?)アレが飛び出す。「どこまで行くんだ?」「稚内です」「おお!そりゃすげえな」

ん…今までと反応が違うぞ…?少なくとも九州の方ではなさそうだった。会話のテンポを軽く取られる形になった僕らを後目に、お爺さんはゴソゴソと何かを取り出す。出てきたのはiPadである。

「俺な、今日本中旅してんだ」見せてくれたのは大歩危の写真。どうやら本当に各地を旅しているらしい。写真に出てくる恰好も全て、半袖短パンである。なんかマジで凄いぞこの人…?

驚いたのはこれに留まらなかった。さらにカバンから引っ張り出される小さな冊子にはこう書かれていた______「JAPAN RAIL PASS」と。

www.japanrailpass.net

これも詳細な説明はサイトに譲るとして、簡単に言えば「新幹線のぞみ・みずほ以外JR系統の交通だいたい全部使えます、ただし訪日外国人だけ」というきっぷである。貧民御用達18きっぷの対極______とか言いたくなるが問題はそこではない。訪日外国人…?

詳しくはお聞きしていないのだが、どうやら海外で事業やったりなんやかんやで現在オーストラリア国籍をお持ちらしい。現在は引退して悠々自適ということか。iPadシドニーのご自宅を見せて頂く。屋上から高層ビル群が見える。凄すぎか…??

うーん。纏めると「オーストラリアで成功して引退しブルジョワ切符で悠々自適に日本を旅する気さくで豪胆な半袖短パンおじいちゃんと吉松行の車内でたまたま意気投合した」となる。いやこれ情報過多だ。こうして書いていてすらうまく整理がつかないのだから当時の僕らが押し寄せる情報の波にどれだけ混乱していたか想像に難くない。必死に状況を理解せんとする僕らの前でお爺さんは楽しそうに旅行の経過をまくし立てるのだった。

止まないおしゃべりの隙を伺いつつ(?)一応訊いてみる。「今日は何で肥薩線に…?」「いやな、本当は特急きりしまってあるだろ、あれに乗るつもりだったんだよ____けど停電とか起きちゃっただろ?」なんと。あの運転見合わせが無ければこのトンデモない出会いも無かったわけです。こうなるとあれだけ散々な思いをしても停電もあながち悪いことだけではないな、とか感じたりするから困る。人間、単純。

親切に道を教えてくれたお礼だよ、とか言っていなり寿司をくれたりする。えっこれはどちらで…?実家が九州にあるんだよ、そこに寄った時に貰った、お母さまご健在なんですか素晴らしい、そうだよ写真見るかい?____確かに手作りの感を強く醸す大きなお稲荷だった。お礼を言って頂く。おいしい。しっかりと醤油が利いていて甘ったるくない。よくある甘味の強いお稲荷さんが実のところ苦手な僕にとってこの味付けはお世辞抜きで非常に有難かった。こういう醤油ベースの美味しいお稲荷さんの店ご存知の方おりましたら是非ご一報ください。

 

 

列車は吉松に到着した。

 

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とうとう来ました、しんぺい2号。

 

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相当嬉しかったらしく世界人権宣言の前文を引用して言祝いでいる。ぶっきーが逆光で若干怖いのはご愛嬌。

先程までのお爺さんは?電車を降りるともう姿が見えなかった。マイペースな方である。まあいずれにせよしんぺい2号に乗らなければならないことはお伝えしたので指定席券でも取りに行かれたんでしょう…たぶん…大丈夫かなあ…?

 内装は調べた通りの人権っぷり。収容人数よりもゆとりあるスペースに重きを置いて設計されたらしい構造は、逆に肩身の狭さすら感じる。中央のカウンターには案内役のガイドさんが就いている。椅子は少し硬めだったが、木材を基調としたデザインは質感を強く支えていた。いいんですか18きっぷでこんなん乗っちゃって…?途中で見知らぬ山奥に放っぽり出されるやつじゃないのこれ…?緊張と畏怖の念に抗いつつ腰を下ろす。おまけにしろくま早食い対決で勝ち得た窓際ワイドビュー座席である。負けたかずきくんはというとあっさり通路側に陣取ってT氏と早くも談笑している。しんぺい2号の指定席には座らないんじゃなかったんかお前。

 

 

「観光列車」という位置づけの通り、人吉までの途中いくつかの名所駅に停車する。

 

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12:02、真幸駅に到着。「真幸」と書いて「まさき」と読ませる。

 

こうした途中駅では観光のため5分ほど停車時間を取っており、周辺を軽めに見て回ることが出来る。

 車内でガイドさんが色々と解説してくれる。「真の幸せ」と書かれる駅名の通り、この駅は幸福のシンボルとして人気らしい。ホームに降り立つとなるほど、駅名標のすぐ隣に幸福の鐘なるものがこれ見よがしに設置してあり、既に多くの乗車客が一人ずつ鳴らして幸せを願っている。

 

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とはいえじゃあ自分も鳴らしに行こうか、とはならなかった。当然だ。大体この手のものは一般的な観光客か、或いはカップルや新婚さんといったこれから真に幸せになるべき方々のために設置されているのである。ルール上可能であることに託けて観光列車に潜り込むような驕った限界貧民18きっぱー如きに、烏滸がましくも今後の著しい発展を願い鐘の音を響かせるような真似が許されるべきではない。そう、あってはならないのである。絶対に……

 

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鳴らしました。

 

案の定同行者2人が何を願ったの?やっぱりぶっきーとの今後のご発展?とか煽ってくる。やめろ。今後の旅の無事に決まってんだろ言わせんな。まあブッキーも大事だけど

 あとこれ見た目に反して中々に音量がでかい。自分で鳴らしといて少したじろいでしまう。たぶん大編成のオーケストラに参加させても遜色ないくらいの音響を放っている。そんなのが閑静な山中の小駅に轟くんだから相当なものである。いさぶろうしんぺいに乗って毎日押し寄せる観光客に金属の接触音を幾度となく放たれるであろう近隣住民の皆様は迷惑に思ったりしないのか…?とか考えていたら発車時刻となった。

 

 

真幸の駅を出るとちょっと面白いものが待ち構えている。

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撮影したのは車内から。ススキの後ろに映るのは線路。つまり僕らの進む列車と並行して、もう一本線路が敷かれている。

だが当然ながらこの区間は全て単線。一応言っておくとこの隣の線路は現役で使用されており、廃線とかの類ではない。どういうこと…?

 

お詳しい方ならお気付き、というかご存じだろう。いわゆるスイッチバックである。

ja.wikipedia.org

大きな口を叩いておいて自分もまるで詳しくないためWikipedia貼っ付けになってしまうことをご容赦下さい。簡単に言えば、列車が急な山道を登るための線路の敷設の一つである。急勾配に沿って線路をジグザグになるように配置し、そこを上る列車はその都度進行方向を変え、斜面に対して斜めに進んでいく。こうすることで、斜面をまっすぐ上るより緩やかな勾配になる、というお話である。

つまり写真に映る線路は、先程僕らを乗せたしんぺい2号が進んできたものであり、僕らはこのスイッチバックに位置する真幸駅を折り返す形でさらに勾配を上ろうとしているのだ。最も列車の馬力向上に伴ってこうした敷設の必要は薄れていき、現在では中々珍しいものであるよう。なるほどね、いいものを見た。この辺全部乗りながら知ったんですけどね。

 

 

いくつかのトンネルを抜け山道を上ると、突如として一面のパノラマが広がる。

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えびの高原だ。

 

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 「日本一の車窓風景」などと謳われているが実際非常に見事だった。晴天に浮かぶ雲々を遥か高くの太陽が貫き、盆地を神々しく照らす。線路のある山肌と向こうに見える平地、遠くの山々がこれでもかと遠近感を醸す。少し暑さを感じる車内に耐えかね窓を開ければ、秋の色香を残した爽やかな高原の息吹がたちまち列車全体を包む。これが人権か____18きっぷでここに来ていることも忘れ南九州の風を胸いっぱいに吸う。うまい。前回「美しい景色はどれだけ切迫してても美しい」みたいなことを書いたけどあんなものは嘘だ。美しい景色は心に余裕のある時に味わうのが最高に決まっている。なにが絶望の朝日だ。希望と人権の穏やかな陽光に変わってくれて本当に良かったですありがとうございます_______

実際この区間は観光列車いさぶろうしんぺいでも一番の目玉となっており、駅でもないのに一旦停車して風光明媚な高原の姿をたっぷり堪能させてくれる。ガイドさんによれば「日本三大車窓」なるものに数えられているらしい。そうやってすぐ三大〇〇作る。まあ綺麗なんですけど。

 

 

12時27分には次の矢岳駅に到着。ここにはSL(所謂デゴイチ)が展示してある。

 

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いえい。

 

SLの前で見知った顔を見かける。さっきのお爺さんだ。聞けばあの後無事指定席券を手に入れしんぺい2号に乗ってきたものらしい。よかった。

この駅からようやく熊本県内に入る。因みに1つ前の真幸駅は鹿児島ではなく、ギリギリ宮崎県内。肥薩線が南九州の中央部を突っ切っているのがよく分かる。

 

 

12時49分、大畑駅に到着。この駅もスイッチバック上に位置している。

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「大畑」と書いて「おこば」と読ませます___それはいいとして、駅名標の周りのこの夥しい数の紙は…?

 

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大畑には「名刺を貼ってゆくと出世する」という言い伝え(?)があるらしく、こんな感じで恐ろしい数の名刺が貼ってある。ここまで来ると流石に怖い。壁一面ならまだしも大量の名刺は待合室を占拠し、さらに外の壁まではみ出している。正直出世どころか呪われそうだ。薄暗い構内の雰囲気も相まり写真も程々に退散する。

 

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車内に戻ると、かずきくんが何やら購入している。どうやら駅ホームで地元の方々が販売していたらしい。そういえば、と真幸や矢岳の駅でも地域の方が露店を構え名産品や軽食を販売していたのを思い出す。観光列車としての地域貢献はこういう形でも現れるのだな、などと大畑の駅から手を振る地元の方々を見て思ったりしていた。

 

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しんぺい2号の前でピースしているT氏。かわいい。そういえば例のお爺さんにも可愛がられて頭を撫でられていた。やはり彼の可愛さは共通のよう。まあ本人に言うと怒るんですけど。

 

 

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 人吉に着きました。

 

人権列車しんぺい2号ともここでお別れ。この先こうした観光目的の列車に乗ることは無い。若干の名残惜しさを湛えつつ列車を降り、市内に出る。

 

ここでまた肥薩線のローカル線っぷりが光ることになる。本数が無い。八代方面に接続する次の普通列車はだいたい15時半発車。人吉に着いたのが1時過ぎなので2時間半近くも用意されている。なるほどね、人吉に着いたらまず観光するのがしんぺい2号の一般的な乗客。人吉から八代まで迅速に接続する列車をこの時間に設定したところで誰も乗りはしない。18きっぷでなるべく早く九州を駆け抜けたい貧民のことなど最初から考えられてはいないのだ。

ならば、と開き直り観光することにする。幸い昼食にはちょうどいい時間。どこかいい店は、と思案しつつ市街地へ歩き出した矢先、最早見慣れた後ろ姿を通りの向こうに観測する。例のお爺さんだ。

お爺さん、案の定なかなかの健脚。なんとか追い付いてどこへ行くつもりか訊く。どうやら1kmほど歩いた先のお蕎麦屋さんで食事を摂るつもりらしい。丁度いいじゃん。12月だというのに意外なほど暖かい人吉の市街を、一行は歩くことにした。

 

 

はい。

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 最早この人権について拙い賛をうだうだ書き連ねる気はない。日本縦断開始から初のちゃんとした食事だ。しかも鹿児島であれだけドタバタに遭遇した後だ。美味くないわけがない。人間というのは美しい景色を見て炭水化物を摂れば、勝手に幸せになるように出来ているのだ。こんなことも分からない奴は一度日本縦断を決行し鹿児島で運転見合わせに巻き込まれればよろしい。

目の前に座るお爺さんとは言えば、この真っ昼間から一番搾りを注文して楽しそうに笑っている。道中このお爺さんの豪胆さには多少たじろぐ節もあった僕だったが、ここまで来ると流石という気持ちになった。真冬に半袖短パンで日本各地を旅し明るいうちから生ビールを呷る健脚お爺さんが健康体でない訳がない。海賊王か何かを現代に転生させたみたいな人だな、とか思っていたら更にそれっぽいことを言い出された。「この蕎麦奢るよ」

 流石にこれには焦った。僕らのしたことと言えば、熊本への行き方を教えただけである。しかもこれはかずきくんのみ。どう考えてもお金の絡む形でお礼をされるような義理ではない。止めようとするもお爺さんは聞かない。いいからいいから、と4人分の蕎麦代を清算してしまう。

僕らが有難さと申し訳なさで困惑の表情を浮かべていたのだろう、お爺さんは結局こう提案してくれた。「じゃあこうしよう、これから4人で温泉に行く、その温泉代を3人で払ってくれ____これでどうだ?」それでもまだ不釣り合いな気がしたが、了承することにした。この時のお爺さん、本当にありがとうございました。

 

 

人吉は温泉地として有名で、市内にはいくつかこうした日帰り温泉があったりする。まだ時間に余裕のあった僕らは、この中の1つに向かうことにした。

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温泉である。入る。

気持ちいい。こういうときの温泉ほどずるいものはない。鹿児島での苦労で蓄積した疲労感がお湯へと一気に解け出ていく。体まで一緒にふやけてしまいそうである。というかまあ普通に考えて気持ち良くないわけがない。人間というのは美しい景色を見て炭水化物を摂り、湯船に浸かれば勝手に幸せになるように出来ているのだ。こんなことも分からない奴は一度日本縦断を決行し鹿児島で運転見合わせに巻き込まれればよろしい。

 ここの温泉代は1人300円。お爺さんの分を3人で分担するから100円ずつ。わお。100円でざるそば1枚が食されてしまった。ファミチキより安い。あまりに寛大過ぎる。本当に感謝の極みです…。

 

僕らは次の列車のこともあり早めに湯船を出る。お爺さんはその後の特急で熊本を目指すそうだったから、温泉でお別れとなった。名残惜しさを感じながらお礼とお別れを言い、温泉を出る。余りに濃い時間だった。

 

 

3時38分発、人吉発八代行きの普通列車に乗り込む。

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しんぺい2号から散々人権を摂取してしまったが、それもここまで。八代から下関までは鹿児島本線の乗り継ぎに次ぐ乗り継ぎであり、 休んでいる暇は無いのである。先程までのお爺さんとの重厚な数時間を思い出して感慨にふけりつつも、一行は気持ちを新たに球磨川沿いを八代へと向かう。

 現役は僕だけでは……?

 

 

 という訳で17時前、僕らは八代駅へ辿り着いた。

 

駅メモはその日一日にチェックインした箇所のGPS履歴を記録し、こうして表示することができる。

それにしても酷い。肥薩線どんだけスッカスカなんだお前。 隼人から吉松、人吉から八代でずっと睡眠していたのが窺える。それとは対照的なのが指宿枕崎線、それも丁度運転見合わせでやきもきしていた頃の箇所だ。最低か…?同行者2人が絶望的状況下で、それでもなんとか下関へと辿り着く代替手段を模索していたまさにその間、僕はすっかり諦めてかわいい女の子とステーションメモリー集めに勤しんでいたらしい。凡そ人の心を持つとは思えない。

ではこれによって僕がここから駅メモをすっぱり辞めたかと言えば、そんなことはまるで無かった。

こうなると俄然楽しい。駅メモはこうして駅の奪い合いをするのがコンセプト。故に山の中から人口密集地に出てきたことで、駅あたりのプレイ人数が増え、難易度もぐっと上がってくる。 こうして僕は下関へと辿り着くまでの間、延々と駅メモをプレイし続けたのであった____。

 

 17:08、僕らは鹿児島本線銀水行きへと乗り込んだ。

冬の日没は九州と言えど早い。あたりは既にかなり薄暗い。こうなると人間は少し感傷的になる。これ大丈夫なのかな…?まだ夜も明けぬ早朝からずっと電車を乗り継ぎ、日没へ至ってようやく八代。下関まで距離的に言えばようやく半分に至るかどうかである。何度も手元の時刻表と行程とを照らし合わせる。確かに間違いはない、このまま乗り継げば確実に下関へ辿り着けるはず、でも____疲れていたこともあったのだろう、言いようのない独特の不安感が去来していた。

とはいえ多少なりともこれを和らげてくれたのが、鹿児島本線のその複線を黙々と進んでいく、その感覚であった。全席ロングシートの(確か)4両編成には座り切れないほどの人が乗車しており、平地の沢山の街明かりの中を先程までの肥薩線とは対照的な快速ですっ飛ばしていたかと思えば、駅に着けばかなりの数の人々が慌ただしく移動する。僕らが日々の通勤通学で感じる平常の忙しさと、この感覚は皮肉なくらいよく似ていたのである。そしてこの日常の雰囲気に、僕は救いを求めたらしい。少なくとも自分が着実に下関へと近づいている実感を与えてくれるには、あまりに十分であった。そしてこの時に限らず、自分を乗せた列車が1本の線路をただ寡黙に邁進していく力強さに、僕は幾度となく助けられることとなる。

 

 18:42、銀水の一つ手前、大牟田駅で快速門司港行きに乗り換える。

 幾度となく同じユーザーさんに当たったりしてこういう感じに分かったりする。楽しい。

 

そして19:17、僕らは門司まで行くことなく、ある途中駅で下車する。

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鳥栖駅。知っている方ならもうお分かりだと思われる。改札外に用がある訳でもないのにこんな駅に降り立つ理由は一つしかない。

 鳥栖名物かしわうどんだ。うまい。2食連続麺ものとかそういうことを気にしてはいけない。炭水化物食った、美味い、それでいいのだ。こんなことも分からない奴は(ry

 

とはいえ次の電車の時間が迫る。慌てて掻きこみホームへと急ぐ。

 

という訳で19時35分、次の区間快速門司港行きへ乗って門司へとかっ飛ばす。

途中博多や小倉という九州随一の巨大駅に停車する。流石に人が多い。電車がボックスシートだったのがかなりの救いである。これロングシートだったら相当疲れていただろうな…ととりとめもなく考える。最もこの辺りに至っては他にすることもなくTwitter駅メモを往復していたからあんまり書くこともないんだけど…。

 

21:33、約2時間の乗車の後にようやく僕らは門司へと辿り着いた。

「グッバイ」の通り、九州最後の駅がこことなる。ここからは山陽本線に乗り、関門海峡の地下を潜り抜ければ、1日目の目的地である下関だ。

やはりというべきか独特の感慨があった。実を言えば初めての九州だった。様々な出来事があった(本当にあり過ぎた)けれど、何だかんだであと一歩のところで本州というところに来ている。これは日本縦断を敢行する僕らにとって、強い達成感であり安心感だった。九州という土地____同じ日本と言えど、言葉の訛りの違い、駅名標のフォントの違い、その他気候風土諸々、あらゆるタイミングで感じる「異国」感というか、ある種の疎外感であり寂しさのようなものを常に感じていたことは確かである。こうした意味であと一歩で本州へ至れる安心というものは、僕らを強く支配していたように思う。

とはいえ逆に、九州を離れる寂しさのようなものもあった。僕らの目的は日本縦断。行程のために多くの名勝をスルーし、八代以北に至っては一度も改札から出ていない。要するに九州を堪能する観点で言うなれば、僕らの時間はあまりにも短かった。前日に飛行機で鹿児島に降り立ってから出会った多くの出来事、多くの人々のことを思う。飛行機の遅延、砂蒸し温泉、宿のご主人、西大山、指宿枕崎線、絶望の運転見合わせとあの朝日、再開を耳にしたときの歓喜と脱力、肥薩線のお爺さん、しんぺい2号_____思い返せばかなりの予定外とトラブルの連続だったけれど、それでもこの2日間で過ごした時間の濃密さは、この旅の全体を通してみても随一のものだった。そして少なくとも、また九州に、願わくば今度は長い期間を設けてゆっくりと旅をしに来たいと思わせてくれるには十分だったように感じます。ありがとう、九州。

 再掲される何か

 

 21時48分、門司発下関行き。この日の最終列車だ。

車内はかなりの人だった。確かこの旅で初めて座れなかった記憶がある。ともあれ列車は発車してすぐトンネルに至り、次に夜空が見えたとき、そこは既に本州だった。

 

21時55分、下関着。

 

怒涛の1日目、終了___________。

本当に長かった。下関に辿り着いた瞬間の解放感といったらなかった。1日中列車に乗るとはこういうことか_____それまで碌に旅をしたこともなかった僕にとっては本当に戦慄の1日であり、同時に洗礼の1日でもあった____今思い返してもなんだよ初手で運転見合わせって。

ともあれ無事に下関へ辿り着いた。それでもこの日はまだしんぺい2号を始めとした人権摂取時間があったから良かった。問題は2日目からだ。真の意味での1日中乗りっぱなしに備えて英気を養うべく、僕らは迅速にこの日の宿へと向かった。

 

 

 

 ホテルに着く。

 

風呂その他を済ませそろそろ寝ようかとベッドに入りかけた僕らが見てはいけないものを見てしまったのは、そろそろ夜も更けようかという23時過ぎのことだったと思う。

 

 

 

下関に来た+疲れていた+十分に時間があった

=フグを食った

 

 

 

 

 

 

 

 …さあ?