ゴミ箱(もえない)

ごくまれに何か書いたり書かなかったりするかもしれたりしれなかったりする

日本縦断をしました - その1(西大山→隼人)

たぎょうです。

 

「日本縦断ブログにまとめる!w」とか荒唐無稽な調子の乗り方をしてからもう半月が経っている。まあどうせ9割方自己満足なのでそこまで気にしていなかったつもりなのですが、いざ旅の紀行を写真でまさぐっていて自分でも驚く。想像以上に思い出せない。12月に旅立っといてもう本年度も終わろうってんだから当たり前と言えば至極当たり前なのだけど、焦る。普段から事あるごとに適当さと計画性の無さを撒き散らして反省の一つもしないくせに、なんだかこういうタイミングでだけ勝手に焦っている自分がいる。まあ何と身勝手なことか。

ともあれ忘れないうちに進めることにしました、日本縦断旅行記。とはいえ思い出せる分量とブログとしての長さを考えて、すこーし(本当に少し)ずつ。本当に終わるのかこれ………????

 

 

調子に乗って書き始めたのが運の尽きta-chi-tsu.hatenablog.jp

 

ところでこの「ごあいさつ」とか題された謎ポエムでは全くのスルーだったけれど、東北や北海道の交通事情について少しでも見識がお有りの方であれば当然抱かれる疑問に対してお答えしなければならない。そう、なんで冬にやった?と。

北日本の冬はあまりに厳しい。ただでさえ豪雪、12月の後半ともなれば日本海側を中心に強い寒波が襲っても何らおかしくはない。我々が北上する中で相手にしようとしているのは、まさにこうした地域をひた走る奥羽本線であり宗谷本線である。JRが如何に逞しかろうと、容赦ない気候の中では運行に支障を来すことも大いにあり得る。早い話、何も起きないわけがないのだ。

我々が縦断をする上で「南から北へ」のルートを採択したことも(これは航空機の時間の関係上仕方なかったとはいえ)この愚かしさを強調する方向へ働いた。すなわち、鹿児島からただただ鈍行を乗り継ぎようやくゴールである稚内を目前にするというところで、ラスボスすぎるラスボス「宗谷本線」を迎える形となるのである。たとえば夏であればこんなことは何の問題にもならなかったはずだ。マジでなんで冬……?

 

 完全な言い訳になるのですが、「我々も当初は夏に決行するつもりでいた」というのが答えになる。

そもそも日本縦断という案が仄めかされたのは2018年の夏前。言い出しっぺはかずきくんこと@kazukikunn0909。今回の日本縦断のリーダー的存在にして、計画のほとんどを練ってくれた立役者。僕なんかはそれまで鉄路での大きな旅行をしたこともなく、金魚のフンのごとく彼にくっついていたのみである。感謝してます。

このときも彼が指揮する形で具体的なプランを考えようと思っていた矢先、事は起こる。平成30年7月豪雨である。

ja.wikipedia.org

7月上旬、西日本を中心に広範囲・長期間に及んだこの豪雨は全国各地に甚大な被害をもたらしたが、鉄路も例外ではなかった。そう、山陽本線の寸断である。言うまでもなく山陽・東海道は日本の物流を支える随一の主要幹線であり、この運休は西日本の物資輸送に重大なピンチとなると共に僕らの日本縦断が実質的に不可能となることを意味した。広島県内での土砂災害によって生じたこの運休が解消されるのは9月も暮れのことであり、僕らはあえなく縦断を断念する。

それでは「1年繰り越して2019年の夏」とはいえば、そうはならなかった。結局僕らは現役高校1年生。高2の夏ともなれば受験を意識し、およそ一週間も休みを取って旅をするような余裕は無くなる____こうした焦りが如実にあったのは確かだし、むしろそうした「今しか無い」という感覚にときめいている節もあった。より分かりやすく言えば、「自分がいまやれるだけのバカがやりたかった」のである。じゃけん真冬に決行致しましょうね____________バカか?

ここにもう一人共鳴(?)してきたのが某T氏。ネットの海に住まう人間ではないので詳細は伏すにしろ、色々な意味でかなりの強者である彼の参加は単に人数が増えて賑やかになった以上の意味を持つとともに、僕と同じく旅行経験の薄い彼の存在はある種の親近感を覚えさせた。かくして役者(??)は揃う。

 

 

こうして真冬の青春18きっぷ日本縦断を企てた僕、かずきくん、T氏の三人は、その無謀な計画をいざ実行せんと終業式を終えたその日に鹿児島へ飛び立ったのであった_________

 

 

 

 

12/22 日本縦断1日目

西大山→下関

西大山駅。鹿児島県は指宿市に位置するこの駅は、JR九州指宿枕崎線の駅の一つであり、日本各地にあるローカル線の何の変哲もない一無人駅に過ぎない____ここがJR最南端駅であることを除いては。

www.jrkyushu.co.jp

 

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うーん。来てしまった。ここが旅の出発点。我々はこれから5泊6日、全国津々浦々JRのいくつもの路線を乗り継ぎ、一路JR最北端駅たる稚内駅を目指す。「JR最南端の駅」の文字のしっかりと刻まれた看板がまだ闇に包まれる指宿の朝露に濡れるこの光景は、僕の雑念を吹き飛ばすのに十分だった_____

 この前日のツイート。舐め腐ってますねこいつ。同行者2人が翌日からのメインイベントに備えバス車内でも確実に睡眠を取って英気を養っているのに対してお前はなんだ。何が桜島だ。飛行機とバス遅延のコンボを食らって鹿児島市内観光をやむなく断念した中でも指宿名物砂蒸し温泉などかなり楽しんでおいて、それでもまだこういう発言を残すんだから大したものである。

 向かうんですよ。向かったんですよ。

 

この日に取った宿のご主人がそれはそれは素晴らしい方で、日本縦断のために早朝に西大山駅へ出発すると話したところなんと車で送って下さった。朝4時ですよ朝4時。おまけに列車が来るまで僕らの写真撮影に付き合ってくださる始末。悪い気はしながらもいい機会なので駅周辺の写真やらをパシャパシャ撮りまくる。

 

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パシャリ。まあ田舎の無人駅だし予想はしていたが想像以上に何もない。月。夜闇。雲。海風。潮の匂い。開聞のシルエット。記念の柱(?)。静まり返った夜の雰囲気に風情が交じり合って今思えばそれはなかなかエモーショナルな光景だったと思うのだけど、高揚感に支配されていたその時の僕らに雄大な景色を眺め感傷に浸っている余地はなかった。まあ最南端を引けばただの無人駅だ。季節が季節なら駅周辺の菜の花が綺麗らしいのだが今は冬。というかそれ以前に夜だ。僕らは撮影に興じる。

 

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パシャリ。右手に持つのはよ~~く見るとぶっきーです。分かるか。次。

 

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パシャリ。なんとか西大山とぶっきーを判る形で収めようと苦心していたら宿のご主人がスマホのライトで照らして下さる。目の焦点がずれちゃったけど僕としては満足、本当にありがとうございます。かわいいね、好きなキャラクターなの?と訊かれたので推しです、と答える。横から同行者2人が嫁です、と茶化す。やめろ。次。

 

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パシャリ。こういう案内が駅構内にされていて気が遠くなる。稚内マジで遠いな……????未だに自分が5泊6日を費やしろくでもない行程に出ようとしている実感が湧かない。そんなしれっと「最北端の駅」とか書かないで戴けません???最南端から最北端を目指す旅行者への配慮が足りていない。なんか恐ろしく楽そうにすら見えるじゃねえか…案外鹿児島県内観光するのとそんなに変わらないんじゃないの?このまま枕崎行くのもいいし、あるいは結局断念した鹿児島市内とか、桜島……やめ!!!!!!!!!この話は終わり!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

ところで、僕がこの旅でしようとしていることがもう一つあった。

駅メモである。

 ekimemo.com

簡単に言えば、駅の座標を利用した女の子系位置情報ゲーム。今でこそ僕の生活の一部となりかかっているこのゲームですが、この当時はまだ始めたてでイロハも何も分からない状態。どうせ嫌でも大量の駅に寄るんだし…と旅のためにひそかに用意(?)していたのであった。

 

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さっそく西大山にアクセス。初期でんこのみろくチャンが初々しいスクショ。こうしてステーションメモリーを集めたり集めなかったりしつつ、僕らは北上していくことになる。

 

5時58分。指宿枕崎線鹿児島中央方面への始発がホームに滑り込んでくる。

 

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お世話になった宿のご主人にお礼とお別れを言い、列車に乗り込む。走り出す。何のことはないいつもの早朝の風景だろうけど、これから稚内に向かおうとする我々にとっては極めて重要な儀式だった。ついに、始まったのだ。これから5泊6日、僕らは幾度となく列車を乗り継ぎ、稚内を目指すだろう、勿論その中には単線ローカル線があれば複線の幹線がある、1両から15両編成まで、雨の中から雪の中まで_______だが、この鹿児島の単線を走るたった2両の気動車が、文字通り最初の列車が、たった今出発駅を離れた、僕らはその意義について、誰よりも深く理解し感動していた。ともかくも、始まったのだ。そしてそれは同時に、僕らがこの旅で遭遇する幾つものアクシデントの幕開けをも意味していた______。

 

 僕らの乗った列車は2駅先の山川という駅で折り返して枕崎に戻ってしまうため、山川で接続する鹿児島中央行きに乗り換える。

 

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山川を定刻通りに発車し順調に鹿児島中央まで至るかと思われたこの列車が突然定刻を大幅にオーバーして停車を始めたのは、山川からさらに2駅先の二月田という駅でのことだった。

始めは悠長に構えていた我々も、手元の時刻表を見るにもうすぐ15分遅れを超えることが分かってくると段々心配になってくる。窓の外を見れば濃霧。嫌な予感がしてくる。

 

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線路が見えない。やきもきする我々のもとに車内案内が入る。「当車両は列車不具合のためもうしばらく当駅で…」マジかよ。

結局列車の再度動き始めたのは7時前。定刻より30分以上遅れての運転再開だった。

 

初手の初手から大幅な遅延に見舞われる不運っぷりを冒頭で発揮することになったとはいえ、僕らがこれを行程へのダメージの面で深刻に捉えていたかといえば決してそんなことは無く、この時点ではむしろ騒ぎつつ楽しんですらいた。なぜか。

この辺の説明の為に、ここで一日目の行程におけるデッドラインの話をしようと思います。

 

まず、一日目の僕らの目的地は下関。つまり丸一日かけて九州を縦断し、関門海峡を渡ってひとまずゴールとなる。その為にすべきなのは「なるべく早く鹿児島本線に乗る」こと。九州の一大幹線たるこれに乗車できればあとは適当に乗り継いで下関まで至れる。

では鹿児島中央からひたすら鹿児島本線に乗り北上すれば良いのかと言えば、ここにトラップが待ち構えている。「肥薩おれんじ鉄道」の存在である。もう分かるでしょ、日本各地に散在する第三セクターの一つであるコイツは当然の如く18きっぷ適用外。こんなものがもと鹿児島本線だった川内~八代に陣取っている以上、僕らはどれだけ遠回りだろうと別ルートを選択することを強いられ、八代以北でようやく鹿児島本線への合流を許される。何がおれんじだ、お前らがそこに存在していなきゃ僕らは余裕でもっと遠くまで行けたんだぞ、などと悪態をついたところで結果は同じ。18きっぱーに人権は無いのだ。

幸いなことに鹿児島県内の隼人駅から霧島をかすめて八代に注いでくれる路線が存在する。JR肥薩線である。つまり鹿児島中央からまずは日豊本線で隼人を目指し、そして肥薩線で八代までたどり着くのが最適解となる。

が、ここにも地方ローカル線の現実が存在する。本数が少ないのだ。特にその多くが観光列車化された途中の人吉~吉松間は非情だ。18きっぷでは乗れない特急を除くと一日3本しかない。こうなるとむしろ簡単、駅に早く着いたところで意味がないというお話になってくる。具体的に、隼人駅到着のデッドラインは10時35分。鹿児島中央に着くのが遅れ込みで8時前。鹿児島中央から日豊本線で隼人まで40分弱、本数も2~3本/h確保されている。要するに全くの余裕なのである。あとは余った時間、駅周辺でも観光していればよろしい。地方路線の接続の悪さは、我々に精神的余裕を与えてくれたのだった。

 

実際このときも「鹿児島市内ちょっと巡ろうかと思ってたけどさすがに時間的に厳しいかもね~」と悠長に会話していた覚えがある。アレに遭うまでは______

 

 

 

だいたい朝7時くらいだったと思う。何気なく開いたYahoo!乗換案内が、目を疑う文字列を示していた。

「05:53頃、鹿児島中央駅で発生した停電の影響で、隼人~鹿児島中央駅間の運転を見合わせています。」

 

 

 

ha?

 

 

 

 

は???????????? 一瞬にして意味が分からなくなった。車内放送ではそんなことは一切聞いていない。いや待て乗換案内が旧情報を表示しっぱなしの可能性もある。慌ててアプリを起動し直し同じページを開く。別の情報サイトで検索をかける。全員のスマートフォンで同じ所作を繰り返す。結果は同じだった。

 

隼人に辿り着けない。

 

状況を呑みこむと共にやってきたのは焦りだった。先述の通り、吉松~人吉間は一日3本しか用意されていない。吉松を11時49分に出る目当ての列車に乗れなければ、新幹線等に課金しない限りその日じゅうでの下関入りは不可能になる。その為には10時35分までに隼人に到着しなければならない。そしてその見込みは、全くもって不明といってよかった。

 

今だし正直に言います。完全に、油断していた。

冒頭で書いた通り北日本の無事な通過が終盤にして最も鬼門であることは僕らも重々承知していて、後半についてはもしどこかで運休なり何なりが発生してもある程度対応できるよう余裕を持って行程を組んでいた(とはいえ北海道ではどうにもならない箇所のが多かったけども…)。つまり何が言いたいかって、九州なんて何も気にしていなかった。折しも鹿児島なんて初手も初手、まだ旅の始まりの高揚感に浮かれている地点である。そしてついさっきまで列車不調による遅れの増大にやきもきしていた我々にとって、ようやく一息つき余裕の生まれたところを見事に直撃してきた、お手本のような晴天の霹靂だった。

 

 本当に新幹線を使うしかないのか……?まあ他に手段が無いわけではない。そう、「肥薩おれんじ鉄道」である。前述した通り勿論コイツは第三セクターなので別料金…だが、優先すべきは下関に辿り着くこと。予定したルートが危うい以上背に腹は代えられない。使うしかないのでは…との考えが3人の頭をよぎる。それに第三セクター化されたとはいえ元々は鹿児島本線だった区間だ。先程は悪態をついて申し訳ない、やはり貴方はオレンジだなどと媚の一つでも売れば仕方ない、特別だぞなどと言って18きっぷで通してくれちゃったり…しませんよね……だめ………??あと駅メモの路線コンプができる

 という訳でもう一度運行状況を見る。

 

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川内にすら着けねえじゃん。クソクソ。やっぱお前おれんじじゃねえわ。

 

依然として状況に変化なし。僕らを乗せたディーゼル車はガタゴトと単線を絶望の待つ鹿児島中央へと運んでくれる。のんびりしたものである。鹿児島本線日豊本線も非電化路線なら良かったのにな、とかとりとめのない考えが頭をよぎる。そうであれば停電で運転見合わせなんて起きなかったのに…これが現代社会における高度に発達したインフラの功罪の形か。まあ本当にそうなら1日で下関とか破綻待ったなしな気もするけど。 

いずれにせよ出来ることは0だった。このまま行けば鹿児島中央でデッドラインまでただひたすら「待つ」以外の選択肢はない。それまでに復旧すれば勝利、しなければ新幹線なり何なりご自由に。笑えるくらい単純な話だ。何事もないかのように順調に線路を進むその車内で厳しい面持ちをして時刻表とにらめっこする僕らを、錦江湾の朝日が照らす。これがまた美しいのである。

 

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写真だとなかなか伝わらないのが少し残念。まあ要するに一面のオーシャンビューなわけです。先程の朝靄はまだ残り海と空の境界線をぼかす、うっすらと見える大隅半島に低く雲がかかる、そこに淡く、しかし厳かに一筋の光明が差す。素晴らしい路線ですよホント_____行程半壊中でなければ。いいですか皆さん、どれだけ絶望的な状況でも人間は美しいものを見れば心が動くんです、ただしそれは怒りとセットですけども______

 

 

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絶望的状況下でもちゃんと撮影されるぶっきー

 

事態の進展を見ないまま列車は市内へ突入する。地元の通勤通学の方々もだいぶ増える。車内放送が入る。「日豊本線鹿児島本線は、鹿児島中央で発生した停電の影響で……」まだ止まったまま。とにかく鹿児島中央で情報収集をし、ひたすら待つしかない。緊張の面持ちの高校生三人組を乗せ、ほぼ丁度朝8時、列車は鹿児島中央駅のホームへ滑り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

で、まあ結論から言います。 復旧してました。

 

 

 今だから何とでも言えますが、ついさっき運転再開したことを知らせる案内放送を耳にした列車から降りた直後の我々の気持ちといったらなかった。「全身の力が抜けていく」感覚を味わったのはおそらく中学受験以来ではなかろうか。ありがとう、マジでありがとうJR九州。いくら感謝してもしきれない。「隼人に着ける、下関に着ける」この事実だけで当時の僕らの喜びは想像に難くないと思われる。頑張ってくれたJRに最大級の賛辞を贈りたい気持ちは山々ですが歯止めが利かなそうなのでこの辺にしときます。

 

とはいえ情報も何も無いのでとにかく一旦改札外へ出る。(当たり前ながら)流石に大きい駅だけあって非常に賑わっている…というか混乱している。改札の脇に設置されたホワイトボードに情報が記されている。

 

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間違いなくちゃんと復旧してる。よかった。8:00運転再開なので本当についさっきらしく、待機する人々でごった返す改札の真ん前で駅員さんたちが総出で慌ただしく運行状況を叫んだり質問に答えたりしている。お疲れ様ですと声の一つもかけたくなるが我々もそれどころではなく、とにかく隼人までの到着見込みを聞きに行く。「ダイヤが全く当てにならない状況なのではっきりとは言えないですが、次に来た電車に乗ればまず間に合うと思います」ありがとう_____________!!!!!

 

さて、次の電車の入線までちょっと時間が出来てしまった。復旧したとはいえ時間が読めない状況下で駅外に出るような余裕も精神力も無いので改札前で何となく時間を潰そうと思案していた矢先、かずきくんがショップでこんなものを見つけてくる。薩摩名物「かるかん」である。

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ja.wikipedia.org

ご丁寧に一個ずつ販売されているわショップの真ん前にベンチは置いてあるわ気さくなおばちゃんは控えているわで「買って今ここで食べろ」と言わんばかりである。買ってその時その場で食べる。

うまい。こういう時の甘いものはずるい。ここまでのトラブルで消耗した体力と精神力が回復するのをはっきりと感じる。思えば朝から殆ど何も口にしていなかったのでなおさらである。「たぎょうは HPが 〇〇かいふくした!」ってやろうかと思ったが流石にやめた。人生に必要なのはグルコースですよほんと。

ショップの気さくなおばちゃんはこれを見逃さない。「あんたらどっから来たの、どこいくの?」と話しかけてくれる。かずきくんが「東京からです、今日は下関まで」「最終的にはどこまで行くの?」稚内まで」

「えっ…??____?稚内?北海道の?」おばちゃんが一瞬、驚きとも呆れともつかない声をあげる。感想とかどうこうの前に「すみません、よくわかりません」の声だこれは。まあ同じ国とは言えど鹿児島に住んでて稚内を理解しろって方が無理だと思います。僕らも理解してないけど。

 

そろそろ電車の入線まで待とうかと改札に出ると、どこかのテレビ局(どうやらKKBらしい)が運転見合わせについて取材をしている。そしてお約束のようにかずきくんがこれに捕まる。運転見合わせ大変でしたね、いやぁそうですね、僕らも大分焦ってたので心配でしたけど復旧してよかったです、どちらから?ああ東京からです、それはまたご旅行で?お決まりの受け答えの延長線に先程と同様の爆弾が投下される。「どちらまで行かれるんです?」稚内です」

「あっ……?____??」やはり鹿児島という土地において「稚内」はそもそも認識外の名詞のようで、これインタビューするグループ間違ったかな…と言わんばかりのカメラさんの顔がやたらと印象にある。その感想多分正しいです、と意気揚々と質問に答えるかずきくんを見ながら思っていた。

 

 

 

 

隼人に、着きました。

 

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結局日豊本線に乗ったのが8:50頃。隼人に9:30頃に着いたと思う。

思う、というのはダイヤが乱れに乱れていて、今となっては正確な時刻を時刻表から判断できないため。当時の僕らにその時の時刻を記録しておくような頭はなかった。疲れていたのである。

 

 

 疲れていた+乗る列車まで時間があった+近くにスーパーがあった

=バカをやった

 

 うん。いい感じに狂ってきた。最初の方に書いたけど本来こういう意味のないバカを人に迷惑をかけない範疇でガンガンやってこうみたいな趣旨があった(?)のでようやく軌道に乗ってきた感じがある。鉄道だけに。うまい。

 

…ところで丁度出てきたので書いてしまうと、「しんぺい2号」とは吉松から人吉を結ぶ観光列車であり、同時に僕らが八代に、そして下関に辿り着くのにどうしても必要な列車です。ちなみに吉松から人吉への1日3本というのは、朝一の鈍行、15時台のしんぺい4号、そしてこのしんぺい2号。朝一はどうやったって無理だししんぺい4号では遅すぎてその日のうちに下関に辿り着けない。という訳でしんぺい2号は僕らが西大山から下関に1日で辿り着くための唯一の手段となる。十分に魔境じゃねえか。何を油断し切ってたんだ朝の自分。

 

定刻通りにやってきた鈍行に乗ってまずは吉松駅に向かう。

 いつ撮ったのお前。

 

 

 

 

 

 

 

 

実はここめっちゃくちゃキリが良い(!)のでこの辺で。つづきます…つづくかも?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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これ書いてる最中にぶっきーの三越グラ来たんですよ。もうね…泣いたよ、かわいいんですこの子は…